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研修生レポート① 「公(Public)という庭の志高き庭師を目指して」

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調査期間:2011年7月30日(土)~8月7日(日)
文責:山形県山形市 後藤好邦(研修生)

オレゴン州ポートランドを訪問した研修生の声をご紹介します。現地でのプログラム内容についてはこちらをご覧ください。

公(Public)という庭の志高き庭師を目指して

バラの都、オレゴン州ポートランド。人口58万8千人の緑あふれるこのまちは、住民goto(w.dan).jpg自らが地域のことを考え、話し合い、行動する、そんな住民自治が息づく活気ある魅力的な場所だった。
ポートランドには、地域住民に身近な問題(公園の管理や土地利用のあり方など)の検討や住民と行政とのさまざまな調整を行うネイバーフッド・アソシエーション(以下、「NA」)という地域住民団体が存在している。日本でいえば差し詰め自治会、町内会といった感じであろうか。しかし、NAで下された最終決断が地域を代表する意見となり、多方面にわたり拘束力を持つという点では日本の自治会とは大きく異なっていた。このようにNAが強力な権限を有している理由は、投票により選ばれたリーダーが中心となり、住民とのミーティングを重ねながら地域が抱える課題に対応しているため、NAの決断=住民の意思という構図が出来上がっているためである。この仕組みこそが、ポートランドが住民自治の先進地といわれる所以だと感じた。

このような状況のなか、我々と同じ自治体職員はどのような役割を果たしているのだろうか。そのことを理解するうえで、大変興味深いお話をポートランド市の職員であるDaniel G Vizzini氏からお聞きすることができた。
彼によれば、「公(Public)を庭に例えると、庭の主役である木や草花、苔や昆虫は住民と喩えることができるだろう。つまり、公(Public)の主役は行政でも議会でもなく、あくまでも住民である。そして、この庭の主役である動植物たちが生き生きと生息してこそ良き庭といえる。われわれ自治体職員は、この公(Public)という庭の中で、木や草花に喩えられる住民たちが生き生きと活動できるように環境を整える庭師でなければならない。」
この話から、ポートランドでは公(Public)の主役は住民であり、自治体職員は住民が活動しやすいように環境を整える黒子の役割に徹していると感じることができた。一方で、日本はどうだろうか。もしかすると日本の自治体職員の多くが、自らを公(Public)の主役と感じているのではないだろうか。もちろん、ポートランドを訪問するまでは、私自身もそのような自治体職員の一人だったに違いない。

日本とポートランドを比較すると、確かに文化や制度の違いはある。しかし、一方で共通している部分もたくさんあるように感じた。例えば、日本にも自治会が中心となった、住民同士の協議の場は現状でもある。しかし、公(Public)の主役と勘違いした我々自治体職員は、もしかしたら、そのような状況を知ろうとしていないのではないか。あるいは、知っていたとしても、それを公(Public)ではないと勝手に決め付け、自分たちの活動の邪魔になる阻害要素だと決めつけているのではないか。このような状況をVizzini氏の比喩に当てはめると、庭に関する知識がない無知な庭師、あるいは大切な庭の木を切ってしまい、花びらを散らしてしまうような駄目な庭師ということになるのであろう。
ポートランド視察を終えいま感じること、それは、公(Public)という庭の主役である住民たちが生き生きと活動できるように、環境を整える志高き庭師になりたいということである。そのためには、もっと地域に出て住民の声に耳を傾け、「公(Public)とは何か」という答えを探し続けなければならない。いつか多くの自治体職員が素直な気持ちで住民の声に耳を傾けることができる庭師となった時こそ、住民が生き生きと活動できる、住民自治が息づくまちが日本各地にあらわれるのではないだろうか。

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