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住民自治の現場~ネイバーフッド・アソシエーションの事例から~

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調査期間:2011年7月30日(土)~8月7日(日)
文責:週末学校事務局 坂野裕子

ネイバーフッド・アソシエーションに関するヒアリング相手
・アマンダ・フリッツ氏(ポートランド市議会議員)
・ブライアン・ホープ氏(ポートランド市住民参加局ONI:Office of Neighborhood  Involvement職員)
・リンダ・ネットコーベン氏(HAND土地利用担当役員を歴任)
・ネイバーフッド・アソシエーションを支援する事務所スタッフの皆さん

ネイバーフッド・アソシエーションとは何か

○住民から自然発生的に誕生し、行政が追認した組織
「ネイバーフッド・アソシエーション(Neighborhood Association:以下NA)」は、地域住民が自分たちの課題について話し合い解決方法を議論し、行動する組織である。ポートランド市では、1930年ごろから存在していたと言われている。
ポートランド市がその存在を公式に認めたのは1970年代。1974年、ポートランド市議会は、住民がコミュニティに参加する仕組みであるNAの調整や支援を行うオフィスの設立を決めた。その当時ポートランド市では、大部分の部局で予算編成や業務の優先順位付けに市民が意見を言える機会を設けたり、開発総合計画の策定に住民の意見を取り入れたりと住民の意見を積極的に取り入れようとしていた。これは、その頃、土地利用計画についての問題が出てきたことや、オレゴン州議会で新たな土地利用を実施する際、住民から意見を聞く機会を作らなければならないことが決まったからであった。そのほか1960年代からは貧困やダウンタウン地域の活性化なども課題になっており、住民の自発的な取り組みが求められる状況でもあった。こうしたさまざまな状況から行政がNAの意義を感じ、追認したのである。

○市内全域をカバー
現在ポートランド市には、95のNAがあり、ほぼ全域をカバーしている。市内95のNAは7つのエリアに分けられ、エリアごとに事務所が設置されている。事務所は、その地域のNAや住民らに対し、専門的なサポートや支援を行っており、7つのうち5つの事務所は、地域内のNAの代表で構成された人々で運営するNPO団体(残り2つは市のスタッフで運営)が運営している。NAもエリアごとの事務所も実質的には住民の自発的な活動によって成り立っているところが大きい。

○役員やスタッフなどはボランティアで、住民の自発的な意思によって運営
NAは、住民自らの自発的な活動であり、その運営の中心となる役員は選挙で選ばれるボランティアで、報酬はない。
あるNAの役員を務める女性は、生まれ育った地域に大学卒業後戻り、地域のイベントに参加する中で、自分は地域という大きな存在の一部と感じるようになったと話してくれた。彼女は建築という専門分野をいかして、地域の小さな公園のデザインなどにボランティアとして関わる中で、NAの役員を誰も引き受けないのでは地域が大変なことになると感じ、立候補したそうだ。
NAの会議は平日の夜、開催されることが多い。仕事が終わった後参加できるようにするためだ。研修生数人が見学に行ったポートランド市の隣町であるビーバートン市のある地域で開かれたNAの会議では、7人の住民が地区の公民館に集まり、身近な課題について話し合いを行っていた。例えば、土曜日ファーマーズマーケットに来た車で図書館の駐車場が満車になり、図書館利用者が困っていること、医療廃棄物を安全に処理するために専用のゴミ箱を設置することなどが議題である。近所の公園を補修工事する際には、住民の関心が高く、設置する電灯やベンチの配置についての議論には多くの住民が参加したそうだ。
話し合いの議題は住民が設定し、必要に応じて市の担当者に説明を聞く。そして自分たちで解決方法を探る。NAは住民自身が自分たちの地域を暮らしやすくするためにどうするか考え行動する組織なのである。

“私”益ではなく“公”益の追及をする-HANDの事例から見えてきたこと

Linda1.JPG○日本のような要望を取りまとめる団体(窓口)ではない
7000人、3000世帯が住むポートランド南東地区のNA、HAND(ホスフォード・アバネシー・ネイバーフッド・ディベロップメント・アソシエーション)について、私たちは、現地でHANDの運営に携わる関係者に話を聞いた。
この地域では、アメリカ大手スーパーマーケットのセーフウェイの店舗が再建設されることになった時、HANDが、住民とスーパーマーケットとの話し合いの場として機能した。新たな店舗は、これまでとは全く違う外観、規模になる予定だったが、住民にそれら情報が伝わらず周辺住民からは、交通量や防犯体制、騒音などについて不安の声があがっていた。そのような状況からHANDは住民とセーフウェイとの話し合いの場をつくった。HANDは、住民が行政に対し要望や苦情を伝えるための団体ではなく、住民自らが地域の課題を解決するための組織であり、セーフウェイもまたNAメンバーの一員である。

○地域住民みんなのよりよい生活・暮らし(=公益)のため私益の調整をかってでる
セーフウェイとの話し合いのため、住民は代表を選び、セーフウェイの担当者も話し合いの場に出てきた。HANDは、どちらかの立場に偏ることなく、中立の立場として、話し合う場を提供し、仲介役を果たそうと心がけた。
話し合いに参加する住民の中には、「敵と戦うためにがんばろう」、という意識の人もいる。仮想の敵を作ると議論は一時的に盛り上がるかもしれない。しかしNAの議論の場では敵対心が直接対話の相手に向かわないようにする。意見を集約する作業には大変な労力がかかるが、地域の構成員同士の話し合いにおいては、片方の勝ちはなく、それは互いの負けになる。NAは、地域住民みんなのよりよい生活・暮らし(=公益)のため私益の調整をボランティアとして行うのである。
住民とセーフウェイとの話し合いでは、住民と地域の一員であるセーフウエェイにとって、この地域で何が最も良い選択であるかを話すことが目的だった。そのためHANDは、中立的な話し合いの場を持つことに専念した。

○原則自分たちで完結させるが、必要に応じて行政を巻き込むHAND2.jpg
住民とセーフウェイは話し合いが始まっても、順調に進まなかった。セーフウェイの本社は、カリフォルニアにあり、住民と対話する担当者には決定権がなかった。セーフウェイの新店舗は法律などの規制をすべてクリアしており、本社は、近隣住民と関わりたくないと感じていたようだった。行政も法的な問題がなければ関与する機会はない。セーフウェイ側の対応の遅れにより話し合いには時間がかかり、住民の不満は高まった。
そこで、HANDの役員たちはセーフウェイとつながりのあったポートランド市職員らに働きかけ、仲介役として加わってもらった。その結果、話し合いの場が継続してもたれることになり、新店舗の計画は変更されることになった。当初の計画より駐車場の出口を増やし狭い道路に交通量が集中するのを防ぐ構造にしたほか、商品の積み下ろし作業の際出る音を吸収して騒音を防止するパネルの導入、犯罪を防ぐ構造などの住民の要望が取り入れられたのだ。

○担い手は一人ひとりのボランティア、住民らの良心を信じている
HANDが反省点として挙げている点は、もっと早い段階で話し合いを始めていればよかったという点だ。住民は結果的に新店舗の計画変更を求め、結果としてセーフウェイの計画を遅らせることになった。早い段階で議論を始めて、互いの考えを理解し、ともに地域の将来像について話し合うことで、計画変更という二度手間を避けられたかもしれない。
今後は利害関係者同士の議論の進め方や、それぞれの真摯な対応をはやい段階からつくりあげ、互いに納得できる結論を導くかといった教訓をほかの地域にも伝えていきたいとHANDの役員は話してくれた。開発者側(今回のセーフウェイ)にも、議論を進めることのできる責任ある担当者を置くこと、住民へ情報をすみやかに公開することなどの教訓を伝えていきたいという。
HANDの担い手がボランティアであり地域をよりよくするため(=公益)に個々の利害である私益を調整するという姿勢を貫いているからこそ、そこにいる住民も企業も合意を目指し話し合いを繰り返すことができる。NAは地域をよりよくするという同じ目標を住民は共有しているという住民の良心を信じている。

○参加者が少数で高齢者が多いなど課題も
HANDでのセーフウェイとの話し合いに参加した住民は、地域住民7,000人中、当初50人ぐらいだった。次第に増え80人ぐらいになったが、相対的には少ないことも事実である。住民自治が盛んだとされるポートランド市においてでさえ多くの人が忙しくて参加できないということは、NAが長年抱えてきた問題である。また若年層は一生その地域に住むかわからない人も多く、地域への愛着はわきにくいのも事実である。
しかし多くの住民にNAに参加してもらう工夫として、話し合いを土曜日の昼に開いたり、学校や教会で開催されるイベントに合わせて同じ場所で開催する、またブログで情報を発信したりすることなどが、各地のNAなどで行われている。常に住民に開かれた気軽に参加できる場であろうと住民同士で知恵を絞っていた。

では、行政は何をするのか…

○住民と“共に”公益に取り組む姿勢DAN2.jpg
日本では、「公」=パブリックを担うのはもっぱら「官」であるという間違った考え方が見受けられる。ポートランドでは、パブリックを担うのは、NAであり、NPO団体であり、住民一人ひとりであるという、多様な主体が担っているという本来の姿を見ることができた。私益ではなく地域や社会全体のために、自発的に無報酬で地域の課題解決のため働く人々は、 公益を担う人々の姿である。
行政職員は、そのような活動をする住民を部分的に支援していた。ポートランド市職員で、研修の企画に深く携わってもらったダン・ヴィッツィーニ氏は私たちに、「現在、地域のために活動している人たちも当初から住民自治の意識が高いのではなくて、はじめは特定の問題に個人的な不満や不安を持っている住民だったり、あるテーマに興味・関心がある人たちだったりしたかもしれない」と語った。その上で「それでも、正しい情報提供や自分の置かれている状況を客観的に見ることができるなどの適切なサポートや、中立的な議論の場があれば、地域の将来といった広い視野で考え行動する地域リーダーに育つ可能性がある」と話し、「行政の1つの役割として、住民それぞれが持つつぼみの『花を咲かせる』機会をつくることがある」と教えてくれた。

○情報公開と“場”づくりの重要性
ポートランド市は、市民に正確な情報を与えることに熱心だ。情報は住民が利用できなければ意味がないと伝え方にも気を配っている。情報を住民に知らせれば、利用し判断するのは住民である。行政職員は十分な情報を伝え、説明をした上で判断は住民に求める。判断をする住民を信じており、もしそこで行政にとって“失敗”と見えることが起きても、それは住民の判断であると割り切っているようだ。ポートランドは意見を述べることはよいことだと重んじる文化があり、“失敗”を恐れるというよりも住民が主体的に判断し決定することこそを当然であると考えている。
FRITZ2.jpg ポートランド市にいる5人の市議会議員(コミッショナー)のうちNAを統括しているアマンダ・フリッツ氏は私たちに「行政はすべてをできないし、すべきでもない」と断言した。そして、正確な情報が住民に与えられれば、住民は正しい決定を導き出すだろうと話した。フリッツ氏は、行政がただ住民に与え、それを住民が努力も投資もなしに受け取るなら、その得られたものの意義は大きく異なると語り、むしろその弊害を考えるべきであることを示唆した。ただ、フリッツ氏は、ある意思決定をする権限を持っている議員としては、事実を知り、人々の意見を聞いた上で、最後は自分の信念に基づき自分の責任で判断行う場面があることも付け加えた。
“場”づくりの面では、よりよい地域をつくるための議論の場となるNAが仕組みとしてあるだけではない。話し合いの進め方や解決方法について、一般の住民が学ぶことのできる機会は多くないとして、ほかの地区での経験や教訓を伝え共有することが、各地域で行われている。そして行政もそのような動きをサポートする。行政は、またNAでの議論を市の施策に反映させたり、市全体の状況が見えるよう住民に説明したりもする。

○行政職員が住民を信じることは大前提
住民は、自分たちの意見が地域を変え、行政を変え、社会を変えることにつながると思えるからこそ、発言し、行動をする。その根底には自分たちがやるという自治の精神に加え、行政に対する信頼もまた必要である。
日本では、地域の課題についての判断を、行政が「正しい」と思う決定をし、その結果について住民に説明、時には説得をすることが多い。一方、ポートランドでは、地域の「正しい」答えを導き出すのは住民である。しばしば情報を意図的に公表する日本の行政の姿勢は本当の意味で住民を信頼していると言えるだろうか。そして本当の意味で自治の発展を望んでいるだろうか。行政が住民を信頼しないで、住民から信頼される関係をつくることはできない。

○みんなで議論し地域を作り上げていくことにおもしろみを見出す
目標を共有していても、各自の異なる意見から出発し、議論を積み重ね、互いに合意できる結論を導き出すことは、大変な苦労と時間を要する。ポートランドにおいても必ずしも成功ばかりだったわけではなく、失敗や成功を繰り返し今の姿がある。NAについて私たちに教えてくれた人々の表情には、みんなで議論し、どのように意見を調整するのか、考えつくり上げていくという一連の作業そのものにおもしろみを見出しているように感じられた。

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「公共を担うのは誰なのか~ポートランドを訪れ、日本の自治を考える」 冨田清行(東京財団 政策研究事業ディレクター兼研究員)