2016年度のプログラムが終了しました(更新日:2016年12月21日)

(国内視察)離島発!地域再生への挑戦-最後尾から最先端へ ~島根県海士町①~

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視察先:島根県海士町
視察日:2009年9月4日(金)
文責: 福岡県福岡市 冨重定(研修生)、奈良県葛城市 森井敏英(研修生)

 

Chouchou2_for_web.JPG 研修生36名は、3つのグル-プに分かれ、地域活性化について先進的な取組みを行っている自治体を訪問しました。島根県海士町グループは、人口流失と財政破綻の危機の中、合併を選ばずに島の生き残りをかけたユニ-クな取り組みを行った自治体を視察しました。

海士町活性化の旗振り役は、民間企業出身の山内道雄・町長と「日本一安い給料で日本一働く町職員」といわれるスタッフたち。役場職員、議員らの給与をカットした資金を元に、「若者」「馬鹿者」「よそ者」を呼び込み、産業の創出や、多くのU・Iタ-ン。そして、地域活性化へとつないでいます。そこで、山内町長に「島の生き残りをかけた」海士町の取り組みについて伺いました。

※ レポート②は → こちらから

 

海士町が抱えている問題~近い将来、島国日本が直面する問題の縮図~

海士町は小さな島ですが、それは大きい問題ではありません。自治体の置かれている立場や地域行政に携わる職員の立場は一緒で、「島だから」というハンディで逃げてはいけないと強く思います。しかし、海士町が抱えている問題は大きい小さいは別として、近い将来、島国日本が直面する問題の縮図であり、現在、各自治体が抱えている問題と共通する点はあると考えています。

町長になって~職員の意識改革~

私は、民間企業の出身です。NTT支店長の座をすてて、母親の介護のため52歳で島に帰ってきました。そして、町議員を経て2期目に議長になり、その後、町長選挙に立候補しました。議会などの軋轢もあり、選挙にまさか勝つとは思いませんでしたが、選挙で勝てたのは、町民が民間出身者の私に変化を求めていたからだと思います。
平成14年5月に町長になって、それまで議会から行政を6年間みていましたが、行政の秘密主義と前例踏襲主義には驚きました。また、私はNTTの分割民営化を経験し、民間企業のコスト意識と経営感覚を身につけていました。しかし、当時の役場にはこういった民間意識などはありませんでした。今では、職員にコスト意識が備わり、費用対効果の話もできるようになりました。しかし、昔の役場は、予算ありきで、引き算ができればよかったのです。仕事はすべてコンサルタント任せで、職員は「汗」も「知恵」も出さないでよかった。
このため、町長になって始めにやった仕事は職員の意識改革でした。意識改革については、もともとやる気のある職員であったため、それほど時間を要しませんでした。苦労していることは、議会の改革が遅れていることです。議会はまだ「監視」機関などと言っています。議会は行政と一体となった自治体運営を行うという改革が遅れていると思います。

自立への覚悟の選択

私が町長になった平成14年5月には、借金が105億円ありました。一般会計の予算が40億円なので、毎年10億円の返済は厳しかったです。このような状況の中で隣島の隠岐の島にある4町は合併をしました。海士町でも合併問題が持ち上がりました。隠岐諸島の島前3町村(海士町、西ノ島町、知夫村)の合併は、3つの島(3町村)にそれぞれ特徴があり、合併によるメリットが生かされないと思いました。合併できるところはすればよいというのが私の考えでした。このため、私自身、合併にはかなり懐疑的になっていました。しかし、肝心なのは町民の意志であり、合併の是非について、町民の意識調査を行うため町内14地区を3巡しました。町民の意見は、「お前たちだったら合併しなくても島の未来を任せても大丈夫」と言った意見や「自分たちの島は自分たちで守り、島の未来は自ら築く」という町民と職員の「地域への誇り」が、後押しとなり「自立への道」を選択しました。

生き残るための「守り」と「攻め」の戦略

平成16年2月、「三位一体改革」を名目にした「地方交付税の大幅カット」に伴って町収入が激減しました。これは、町税にも匹敵する大幅な削減であったため、これには大変驚きました。その時のシミュレ-ションでは、平成18年度に「赤字団体」に、平成20年には確実に「財政再建団体」になることが予想されたため、町民代表と町議会と行政が一体となって、島の生き残りを掛けた「海士町自立促進プラン」(平成16年3月)を策定しました。それは行財政改革によって「守り」を固める一方で、「攻め」の方策として新たな産業創出を強力に推進する戦略の両面作戦でした。

(1)「守り」の戦略について(徹底した行財政改革の断行-給料カット)~改革のはじまり~

Chouchou3_for_web.JPG 「自らが身を削らない改革は支持されない」との信念のもと、徹底した行財政改革の断行を決意しました。このため、平成16年2月に、私自身の給料30%カットを表明しました。給料カットについては、私自身1人が身を削ることしか考えていませんでしたが、それを聞いた管理職は給料20%カットを申し出てきました。その時、私の涙は止まりませんでした。そして、その後、管理職に続き、今度は一般職員からも給料20%~10%の賃下げを求めてきました。
行政運営は企業経営と同じだと思います。企業経営の社長として、「賃金カット」は民間では最悪の手法であります。とはいえ、これが改革の始まりでした。そして、職員と町民が一体となり、身を削った役場を見て、今度は町民が動きました。「自分たちにできることは何かないのか」と声があがり、各種委員からは日当減額の申し入れやゲートボ-ル協会からは補助金の返上、そして、老人会からはバス代減額返上などを申し入れてきました。こうして、大胆な給料カットをはじめ徹底した行財政改革を断行したため、その後の町財政は基金も崩すことなく、実質黒字決算となり、今では基金を積み立てるまでに収支バランスは確実に改善に向かっています。「財政再建団体」などの最悪の事態は免れ、財政面での長いトンネルは抜けたと思います。

(2)「攻め」の戦略について~一点突破型産業振興策~

生き残るためには、行財政改革でつないでいけば済む事かもしれない。しかし、それだけでは島の活性化には繋がらないでしょう。「攻め」とは地域資源を活かし、島に産業を創り、島を活性化することです。そのため、「現場第一主義」に徹した体制づくりを行いました。 
海士町職員は69名ですが、このうち内部部局の職員数を減らし、その分、産業局の人員を増やしました。具体的には、新たな産業の創出を目指す「産業創出課」、第一次産業の振興を図る「地産地商課」、そして「交流促進課」の産業3課を「攻め」の実行部隊として、海士町の玄関である港のフェリー乗り場に事務所をおき、現場重視の展開を行っています。
ここでは、国のあらゆる支援措置を活用して、自然環境を活かした第一次産業の再生で先駆的な産業興しに取り組んでいます。また、職員と第三セクターが一緒になって地元の農産物などの販売をしています。産業振興のキーワードは「海」「潮風」「塩」の3本柱です。ここで、創出したブランド商品は「さざえカレ-、いわがき、CAS冷凍食品、海士乃塩(梅干など)」などです。これらのキ-マンは、Iターン者や商品開発研修生です。これらの商品は、東京で認められなければブランド品にはなれません。このため、メイン・タ-ゲットは東京です。努力の末、現在、東京で認められブランド品になってきました。
今までの漁師は魚を取って近くの浜で商売していたが、現在では、松江まで持って行き注文販売を行っています。漁業にも商売気が出てきました。ここでもコミュニティ-が形成され、地域活性化につながっています。
また、公共工事の減少により、建設業を営む経営者が異業種参入を決意し、(有)隠岐潮風ファ-ムを設立(平成16年1月設立、建設会社100%出資)しました。ここでは、「隠岐牛」のブランド化を目指し、勝負は品質に厳しい東京食肉市場です。現在では、市場が求める月12頭の出荷体制にまで整いました。島は、肥育にとって、海からの潮風が吹くなど環境が良く、「隠岐牛」は東京市場での肉質検査で最高ランクの「A5」を頂きました。

定住促進と人づくりと交流~活性化の源は交流~

Iターン者が過去5年間(平成16年~20年)で202人、120世帯。定着率80%とIターン増加率は日本一です。定住の理由は「島に宝があるから」、「職員の対応が良かったから」などと聞いています。結果的に、人が人を呼んできています。最近はホームページなどでも募集などしていませんが、マスコミなどで取り上げられたこともあり、友達が友達を呼び、次々と人が集まってくるといった現状です。一流企業の仕事を辞めてでも、島に移住してくる若者が多くいます。町はIターン者に仕事を与えるのではなく、「仕事を自分たちで作って下さい」とお願いをしており、皆それぞれが頑張っています。この島に来て「何かをやりたい」というIターン者の気持ちが嬉しいです。
活性化の源は、交流であると思います。島の外から来た人との交流があり、外からの視点や新たな考えが島に入ってきたことで、ここまで町が自立できたのだと思います。
Iターン者のために特別な支援制度はありません。しかし、町は定住促進対策として住宅の提供を行っています。また、給料カット分は、職員からその一部を具体的に見えるところに使って欲しいとの提案を受け、少子化対策として、結婚祝い金、出産祝い金、妊娠出産交通費助成金などに充当しました。

おわりに

教育費や福祉費の予算は、毎年上げています。職員の給与カットを実施しているだけあり、町民への行政サ-ビスに手を抜いたりしていません。「若者」「よそ者」「バカ者」が来れば、交流が生まれ、町は動きます。海士町職員に危機感はあっても悲壮感はありません。そして「小さな島の大きな挑戦」に終わりはないでしょう。島全体がもっともっと頑張らなくてはと日々思っています。

主な質疑応答

Q:当初、交流の目的を明確にして、戦略的に進めたのですか?
A:島の子どもたちに外部からの刺激を与えたために始めた交流が発端でした。交流の結果、子どもたちの愛郷心が高まり、発表などをして、外部に発信をしました。そんな子どもたちを見て、外部から海士町が注目されるようになったのだと思います。

Q:島だからできる強みもあると感じたが、どうお考えですか?
A:確かに、小さい島だからできることはあると理解し、アドバンテージにしています。しかし、住民、特に大人世代の関心が育っていないことが大きな課題です。そのため、地域共育課を創設し、住民の意識を高める取り組みをしています。

Q:給与カットで職員のモチベーションは下がらなかったのですか?
A:カットしても住民給与水準よりも高い地域です。カットのおかげで住民理解が広がったのです。現在、給与カット幅は少しずつ減少させてきています。

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