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(国内視察)「地方からの改革提言」-職員による特区提案 ~埼玉県草加市~

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視察先:埼玉県草加市
視察日:2009年7月2日(木)
文責:三重県津市 岡田直晃(研修生)

36名の研修生は、3つのグループに分かれ、国に頼らない創意工夫の行政や地域活性化に取り組んでいる自治体を訪問しました(この回の概要はこちらをご覧ください)。埼玉県草加市視察班は、厳しい財政状況の中、「地方からの改革提言」として数々の特区提案を職員自らが生み出し、行政活動の効率化と市民サービスの向上を目指す、同市の取り組みを視察しました。


草加宿から草加市へ
草加宿は江戸の北側に隣接しており、江戸時代初期は奥州日光街道第2の宿場町であった。1630年幕府公認の宿場になり、1689年には松尾芭蕉が「奥の細道」の旅で『その日ようよう草加という宿に辿り着きにけり』と歩みを残している。このころ宿場北端の街道沿いに松が移植され、草加松原として知られるようになる。建設省の伐採計画にも負けることなく、市民自らの手で守り今日まで引き継がれ、市民憩いの場となっている。稲作に適した土地で、河川や水路が縦横に走っている。
市域の南側は東京都足立区に接しており、都心までの直線距離は18kmと近く、地下鉄日比谷線と東武伊勢崎線の相互直通運転開始、国道4号線バイパスの開通を通じ、1958年11月の市制施行時は人口3万4878人であったが、2009年6月1日現在は24万1978人と7倍増となっており、現在も増え続けている非常に元気のあるまちである。しかし急激な人口増加は活力とともに歪みももたらすことになる。東京都内等から移転してきた工場による悪臭被害。河川水質、大気の汚染。交通事故の増加や渋滞。鉄道の通勤ラッシュ、開かずの踏切。現在これらは改善されているが、中でも草加市を最も悩ませたのは浸水被害である。昭和54年から平成7年の間に4回もの浸水害があり、河川激甚災害対策特別緊急事業をおこなった。水のたまりやすい自然条件、宅地の進行による田畑の減少が原因とされている。

自治基本条例の制定・市民参画
このような生活環境の悪化や公共サービスの不足を受けて、住民の間から不満が噴出し、市民自らが地域活動を行うようになった。ここへ行政も参加するようになり、最終的には2004年に「みんなでまちづくり自治基本条例」を制定した。内容は「市民の権利・義務、市議会の責務、行政の責務を明確化。公開、参画、評価、住民投票などの基本ルールを明示。市民参画の推進母体(みんなでまちづくり会議)などを位置づけ、市民主体のまちづくり支援制度を明記。基本構想のほか基本計画の市議会議決を義務付け」等である。
市民主体のまちづくり、市民が担う公共サービスとして、各種市民団体の活動あるいは地縁組織の活動を「ふるさとまちづくり応援基金制度(市民提案型)」で、また、7,592ある事業所、264haの農地を活かした地域産業の活性化を「ふるさと産業創造基金制度(市民提案型)」で支え、市民団体、地縁組織ならびに地域産業三者間の連携・ネットワーク化を行っている。
市民協働型公共サービスの事例として、市民自主運営の窓口サービスがある。1992年4カ国語からなるガイドブック草加の発行から始まり、1996年には市窓口通訳サービスを開始した。2003年からはNPO法人が運営主体となり、週三日の8時30分から17時まで8カ国語の通訳サービス、地域生活情報提供、児童生徒支援サービス、日本語指導を行っている。これら協働は市行政の役割が減少していくことを意味しない。市役所の役割が変わり、職員に求められる仕事ぶりが変わるということである。そして職員が変わり、市役所を変える。

職員が変わり、市役所を変える
草加市における職員の仕事ぶりの変化を最もよく表しているものは特区提案の多さである。109件の特区提案提出数は、すべて現場の職員から提案されたものである。それぞれ職員が日常業務において法制度と現状の不一致を現場の声、地方主権実現のために地方からの改革提言として提案したものである。件数の多さだけでなく、その内容は草加市固有施策推進のための特区提案でなく、どの市町村においても市民サービスの向上が図られる提案内容である(図1) 。行政活動の効率化及び適正化等に関するもの(図2) においては、行政職員ならば皆知っているその制度変更内容が、草加市の特区提案によりもたらされたものであることを、今回初めて知り驚いた。


(図1)

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(図2)

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このように草加市は職員が変わり、市役所を変えた。「市民納得度の高い市役所」を実現するという意欲は国への特区提案という形で全国へも波及している。一方、数々の困難を乗り越えてきた市民は、東京のベッドタウンとしての波にも負けず、積極的な市民参画、ネットワークを活かし、美しい松並木を守っている。霞が関からそう遠くない埼玉県草加市で地方主権の息吹を感じることができた。