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(2014年度国内調査)水俣中央商店街の取り組み~熊本県水俣市~

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調査先:熊本県水俣市 笹原和明(モンブランフジヤ)、永里寿敏(みつば薬局)、松木幸蔵(水俣市職員)
日時:2014年6月29日(日)9:45~10:30
文責:栃木県足利市 前川美帆 (2014年度参加者)

本調査の目的

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「まちづくりはそこに住む人々の『想い』から始まる」。

週末学校では、このメッセージを一貫して伝え続けている。この「そこに住む人々の『想い』」とはどのようなものだろうか。そして、そこからスタートしたまちづくりとは、どんな様相を呈しているのだろうか。

水俣病という苛烈を極める苦難を抱えながら、地域の自然や風土、そして人と人とのつながりを再起させ、新たな地域の価値を生み出し、人々が「ここ」に生きる希望を作ってきた熊本県水俣市。吉本哲郎氏(地元学ネットワーク主宰)によると、「水俣は魂の最も深いところが震えるまち」とのこと。本調査では、その地を実際に訪れ、混乱の渦中に身を置きながらも、地域の再生のために尽力し続けてきたキーパーソンらにお会いする。そして、対話や議論を通じて、彼らの地域に対する想いや哲学を肌で感じると同時に、この地域が発する熱量に触れ、真のまちづくりとはどのようなものなのかを探る。日々の生活の中に生まれた苦しみを背負いながらも、地域への想いを胸に歩み続ける人々に会い、自身の地域に対する見方や姿勢を見つめなおしてほしい。

以下では、「あるもの探し」を通じて水俣中央商店街を中心に新たな地域の価値を生み出してきたキーパーソン、笹原和明さん、永里寿敏さん、松木幸蔵さんお三方にお話を伺った際の、参加者レポートを紹介する(国内調査全体については、こちらを参照)。

調査内容

水俣市の中央商店街。ここでは和菓子や洋菓子の店が軒を連ね、そこを巡る「スイーツマップinみなまた」やスタンプラリーなどのイベントを通じて活性化が図られている。これは、水俣市職員の有志が、時間外に仕事以外の自発的な取り組みとしてはじめたことがきっかけとなり始まったことで、以来、イベントの継続的な実施や市内生産者との連携もなされるなど、新たな展開を迎えている。

ここに至るまでには、市職員有志と中央商店街メンバーの様々な葛藤や本音の議論、そして情熱があった。今回は、この取り組みのきっかけとなった市職員有志による「勝手にまちづくり委員会」発足当初からのメンバーであった水俣市職員の松木幸蔵氏、そして中央商店街で洋菓子店を営む現中央商店街会長の笹原和明氏、薬局店を営む永里寿敏氏の話から、行政の立場と住民の立場両方の話を聞き、どのようなプロセスで取り組みを成功に導いていったのか、そして今まで継続できてきた要素は何なのかをくみ取り、いかに双方の信頼関係を構築してきたのかを学んだ。

○松木幸蔵氏は語る

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(1)職員有志ではじめた「勝手にまちづくり委員会」
閑散とした状態の商店街に危機感を感じた市職員有志が、「勝手にまちづくり委員会」を発足させた。それは、様々な職場にいる職員が時間外にまるで部活のように行う活動で、「何かおもしろいこと、楽しいことをしよう」という姿勢から始まったものだ。そんなとき、メンバーで話し合ううちにひとりの職員の「どうも水俣にはお菓子屋さんが多いような気がする」という感覚的な一言がきっかけとなり、「スウイーツのまちづくり」がスタートする。仕事ではないから気軽にスタートしたこの取り組みは、後に職員にとっては苦く、後に甘い経験となるのだ。

平成19年に、まちの菓子店を集めての説明会を開催した。そこでは、8つの点について説明をした。
①お菓子屋さんが多いこと
②みんなで水俣のスイーツをPRしましょう。売り出しましょう。
③私達も仕事ではないので勝手に提案させてもらいます。参加は自由です。
④やりたい人だけで始めましょう。
⑤無理は言いません、いつやめてもいいです。
⑥私たちに協力してくださいとは言いません、自分のためと思ってください。
⑦これを利用して儲けてください。

⑧新しいことは求めません。今作っているお菓子を使ってみんなでやるだけです。 これが、当委員会から最初に発した言葉であった。公務員と言うと、「公平平等」を意識するあまり、やりたい人とそうでない人を一緒に集めて話をするが、今回は仕事ではないので、やりたい人だけやろうという提案をした。

しかし、菓子店側から見れば、いくら仕事でないとは言え、市の職員には変わらない。会場では役所に対する不満が昏々と語られた。しばらくは聴き手に専念し、不満の解決を図るために持ち帰って検討を重ね、会議の度に市の事情も説明し理解してもらうことを徹底した。これには、非常に長い時間を費やしたが、双方の溝を埋めるには必要な時間だったと今は考える。

(2)マイナスからゼロへ…そしてプラスへ
sasaharanagasato2 当時のメンバーは、商店街の和菓子屋を中心にした年配者が多かったが、夜な夜な会議を重ねるに連れて「お前たちも仕事じゃないのによくやるよな」と労いの言葉をかけてくれるようになった。そして、「よし、やってみるか!」と言ってくれた。まず取りかかったのは、商店街の「あるもの探し」だ。すると、商店街の方々からも「そうだったんだ」、「知らなかった」、「こんなものがあったんだ」と次々に驚きの声があがった。今までは、自分の店以外の商品には興味もなく、商店街の連携はもとより他の店舗を紹介するなんてもっての外であった状況が、みんなで協力して盛り上げようという姿勢に変わった。

そんな状況の中、まず取りかかったのはマップ作りだ。16店舗ある店を1つ1つ丁寧に聞き取りしながらスイーツマップをつくり、それを利用したイベントを企画した。この時の行政の役割は次のような点だ。
①アイデアをとにかく出すこと。それを菓子店に方々に話し合ってもらった。
②報道機関への情報提供。イベント企画時から追跡方式で掲載してもらうことができた。

特に、報道機関により取材を受けることで、菓子店の方々のモチベーション向上に繋がり、たいへん効果的であった。

スタンプラリーを実施したが、250人余りのお客さんが九州内から来てくれ、あんなに閑散としていた商店街に人がたくさん集まった。以来、新たなテーマを設定しながら継続している。

また、イベントのサポートスタッフも欠かせないメンバーだ。第1回目から実施しているのが「みなまた茶の振る舞い」で、各店の前で市内のお茶屋が自ら茶を振る舞った。高校生のボランティアの存在も重要で、彼らの協力のおかげでお客さんからの評価があがったことはもちろん、お菓子屋さんの勇気にも繋がっていた。

(3)継続に欠かせない要素とは?そして新たな展開へ
イベントを継続する中で、商店街が儲かることは大事な要素だ。ボランティアでは長くは続かない。そして、何より話を聴くこと、そして何度もキャッチボールを続けて相手の立場を理解することが大事だと実感する。活動が活発化してくると、商店街の人々が自ら企画し、子供たちが集まる施設でサンタクロースに扮したイベントを開催してみたり、水俣のお茶やゆず・栗などのフルーツを使ったお菓子をつくる取り組みが生まれたりと、農作物の生産者との連携を深める店も増えていった。

最初は小さな波紋であった商店街の活動が、異なる業種の人たちを結びつけ、小さなまちでもできるという可能性を教えてくれた。新しいことは一から起こすんじゃない。「あるモノとあるモノ、そして人と人」とが結びついて生まれるものなのだ。昔からすぐそこにあったはずなのに、気付けなかったのだ。しかし、それはやったからわかること、やらなかったらわからなかった。

すべてはマイナスからのスタート、それをいかにゼロに持っていくかなのだ。ゼロまで持っていけば、あとは建設的な動きが生まれる。続けるためには、ボランティアでは絶対成功しない。「儲かる仕組み」がなければ、継続しない。そして、それは結果的に地域に還元される。

○水俣中央商店街 永里寿敏氏、笹原和明氏は語る

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(1)永里氏の経験談
調剤薬局を営む永里さんは、商店街の取り組みを外から見ていた。「何かやっているな。羨ましいな…」と。そんな中、笹原氏との出会いから、商店街の取り組みに参加するようになり、「楽しく、いかに儲けようか」というそんな話ばがりしていた。笹原氏の紹介で水俣市職員の松木氏と出会い、補助金を使った石鹸作りの話が持ち上がる。永里氏が初めて松木氏に会ったときの感想はこうだ。「儲ける儲けるってそんな話ばっかりする役所の人間…大丈夫なのか?」。とにかく「儲けたい」一心ではじめたこの事業、でも一体どうしたらいいのかと迷っていたときに、水俣の環境への取り組みをヒントに「LOVE&ECO」をテーマにものづくり補助金を得ることができた。自分は広島育ちだから、それまで水俣病に関する知識も水俣の環境に関する取り組みも知識がないし、過去の歴史も知らなかった。ただイメージだけだった。水俣で石鹸をつくっている「エコネットみなまた」を訪ねた。「水をまもる 人をまもる」をテーマに掲げている企業組合だ。そこに企画書を持っていったら一喝された。永里氏の企画した石鹸では、添加物をたくさん使わないと実現しない。そんな石鹸なんて、エコでもなんでもないと。その時見た石鹸は、まわりが真っ黒…しかし包丁で切ってみると中はきれいなエメラルドグリーンだった。そう、緑茶の石鹸の表面が酸化して黒ずんでいたのだ。これがまさにエコの石鹸なのだ。

笹原氏の紹介で水俣産の紅茶を使った石鹸をつくった。結果的に2年半継続して販売できている商品に育っている。

(2)笹原氏の経験談
行政は「儲けるためにやってください」と言っていたのだけれど、いつしか行政の人事異動がからみ「なんでスイーツのためにやれないの」と言ってきた。その時が一番きつかった。そんな時に頭石村丸ごと生活博物館に携わり続けている冨吉正一郎さん(水俣市職員)が「スイーツのためにせんでいい。」と言ってくれたことに救われた。ボランティアシップとか、全員一緒は長続きしない。物ができて、儲かって雇用が生まれるってことが一番だ。

地域振興とか言ってくれるのはありがたいけれど、あくまで自分興しなんだ。役所の人間が「水俣のもの使え」とか言っても無理な話で、自然に商売人同志が繋がれば自然に関係性ができて、お互い使い合うようになる。掘り下げていくと 誰よりも水俣を発信している。みんな売ろうとしたって、売る出口までいかないではないか。最近発売した焼酎だって、なんで「のさり」という名前をつけたのか。そこを見ないとただの焼酎なんだ。しかし、そこに付加価値を持たせることを行政の人間もわかってほしい。

儲けるといっても、関わっている人たちを喜ばせたいって思ってやっているというのもある。例えば、松木さんとか、無農薬のお茶を作り続けている松本和也さんとか、地元学を教えてくれた吉本哲郎さんとか、吉井正澄さんとか。自分が認めて欲しいと思う人に認めてもらいたいという思いでやっているという思いはある。市全体とか職員みんなに誉められたいとは思わない。認めて欲しい人に認めてもらいたい。それは、付き合ってくれたから。だって、行政は何にもしなくていいのに、付き合ってくれたから。一緒に飲みにいって文句も言い合い、あんまり真面目な話はしたことないが、本音が聞けるのがいい。自分の事業を消化するだけの目的でやるのではなくて、松木さんたちは、そこが違った。それでもまだ、一応疑いながら付き合っているのだけれど(笑)

 

○地元学の繋ぐ輪と水俣の未来:参加者感想
普段よく地元で目にする、行政と商店街(住民)との間にある壁。それが、講義の会場の空気からは微塵も感じられない。互いにユーモアたっぷりに相手のことを語るその話ぶりには、お互いの深い信頼関係と好意を伺い知ることができる。きれいごとではない本音の議論。どちらか一方に利益になるのではなく、双方がプラスになり、そしてそれが最終的には地域に還元される仕組みがそこにはある。

吉本哲郎氏の地元学からまかれた種が、役所の人間や地域の人々に根をおろし、大きく成長しているその証を目の前で見た。

 

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