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実践的住民自治への道

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講師:髙橋彦芳(長野県栄村前村長)
講義日:2011年6月5日(日)
文責:週末学校事務局 稲垣亜希子

本講義の目的

これまで第1回、第2回研修を通じ、地方自治の基本は住民自治であり、現場主義に拠るべきものであることを学んできた。第2回の最終講義となる本講義では、住民自治を実践してきた長野県栄村の前村長、髙橋彦芳氏を講師に迎え、同氏が実践してきた様々な政策を具体的に紹介していただきながら、同氏の自治哲学を学んだ。
「実践的住民自治」とは、髙橋氏の造語である。単に選挙を通じた意思表示だけでなく、住民との協働を通じて住民自身の意識改革を進めることにより、住民が公共の経営過程・執行過程に直接参加し、公共空間を拡大し、かつ、新しい価値を創造していくこと、同市はそれを「実践的住民自治」と呼んでいる。地域が豊かになるためには、官が支配する行政ではなく、住民が自らの知恵と技を生かし、自らの意思で参加する「実践的住民自治」を実現する以外に方法はない。
栄村の事例は、人口3000人に満たない小さな村だからできたことではない。自治体の人口・財政規模に限らず、地方自治の基本は住民自治であり、更に目指すべきは「実践的住民自治」であるという。

講義

● 「実践的住民自治」が生まれた経緯
1955年から栄村職員として働き始め、退職するまでの33年間のうち、実に15年間を公民館の主事として住民の社会教育に携わった。1950年代の日本社会、ましてや長野県の山村にはまだまだ封建的な思想が根強く残っていた。そんな中、理想的な民主主義を実現したいと言う思いを持って、地域に積極的に出て行き、住民の生の声を聞くようにしてきた。こうした住民と共に色々と活動した経験が、村長になってからも非常に活きた。職員時代も村長になってからも、色々と好き勝手暴れてきたが、決して利己主義的な行動ではなかったので、「村のためだ」と説得すれば、最後はみな納得してくれたものだ。

さて、地方自治について一度制度論に立ち返って考えてみよう。
地方自治は、日本国憲法第8条において、国民主権の具体的なあり方として規定されており、団体自治と住民自治と言う二つの概念からなりたっている。昨今、「地域主権」と言う言葉を良く耳にするが、主権を持つのは住民であって、「地域」に主権などない。住民による自治があってこそ、「地域」は自立し、地方自治が成り立つのである。
翻って、現在の地方自治の現状はどうか。1960年代以降の高度成長政策により、財政的中央集権化が進められ、都市部に資本・資源・労働力が集中した。その結果、地方の産業は軒並み廃り、農山村の衰退へ繋がった訳だが、それでも日本全体の国民総生産(GNP)は上がった。富が都市部に集中したことから、今度は農村部への所得の再分配が必要となり、必然的に「地方自治=再分配をたくさんもらうこと」と言う図式が成り立つようになってしまった。いわゆる陳情政治である。私自身、企画課長時代に当時の村長に随行して、地元選出の国会議員の事務所を何度も訪れた。そうしていく内に、地方自治が系列化していることを強く感じるようになった。いつか自分が村長になることがあれば(当時、なろうと思っていた訳ではないのだが)、系列政治を叩き潰してやろう。そんな思いを強くしていったのである。
長年公民館主事として、住民と共に汗をかいてきた経験から、村のために最も必要なのは住民自治であると確信していた。しかし行政に甘えることに慣れてしまった住民はなかなか理解しない。そこで、行政が共に汗をかくことで、住民に頭ではなく体で住民自治を覚えてもらおうと考えた。これが「実践的住民自治」の始まりである。

● 栄村で実践してきた住民参加の仕組み
1988年に栄村に村長に就任し、5期20年間、数々の「実践的住民自治」的な施策を行ってきた。それまで「行政の仕事」と思われてきた仕事を、住民が行政と共に行ってきた。代表的な4つの事業を紹介しよう。

1. 田直し
小さく不整形な田んぼを、耕作機械が入れるよう大きな区画に整理し直す施策として、「圃場整備事業」があり、国土交通省からの補助金が出ている。補助率の低い栄村のような山村でも50%の補助金が出るが、この補助金は使い勝手が悪く、補助事業に採択されるためには、区画整理後の田んぼが一枚あたり30アール以上であることが補助基準であった。棚田地域で小さな田んぼしかない栄村では工事量が増え、事業費も膨らみ、農家も村も地元負担に耐えきれない。そこで、補助金に頼らない「田直し」と呼ぶ施策を考えた。農家の希望に沿って区画整理の形状等を決める。工事費は村と農家で折半。国から補助金を受ける場合よりずっと少ない費用で済む。
田直し事業は1989年から始め、19年間で46.2ヘクタール(1414枚の田んぼを514枚に)整備し、村の約80%の農家が参加した。田直し事業は、栄村の住民に根付いていて、今回の地震で壊れた田んぼもの修復も、田直しでやろうと言う話になっている。

2. 道直し
田直しと同様に、集落の中の道路(村道)の整備も、村で実施することにした。各集落の住民に、どこに村道を整備するか決めてもらうことにした。集落の中の道は複雑で、例えば「曾おじいさんがお伊勢参りの記念に植えた木」など、住民一人一人にとっての大切な「財産」がたくさん存在している。行政が勝手に道路をひいて、それらの「財産」を撤去するべきではないと考えたのである。
道直し事業は、材料費の30%~35%を住民が負担、残りの材料費と重機、労働力については村が負担する。1994年から2008年までの14年間で、村内の55路線(道幅3.5m~4m、長さ約10km)を整備した。1m当たり3.5万円かかったことになるが、国の事業であれば、1m当たり20万円はかかっていた。
「(業者に頼まないで)道路の強度的には大丈夫なのか」と心配する声も聞かれたが、地域のことを一番知っているのは住民である。「ここは地盤が固いから大丈夫」、「あの辺りは少し柔らかいから土を入れ替えよう」と、住民の知恵と技術で十分カバーできる。そもそも集落内の道路なので、7トンの除雪車が作業できる程度の強度があれば十分なのである。
道直し事業を始める際のそもそもの問題意識は、可及的速やかに村道を整備して除雪車が作業できるようにしたい、毎朝7時には村道には雪がない状態にしたい、ということであった。結果的に除雪作業が飛躍的にできるようになった。冬期は村の職員と40人いる除雪オペレーターが、毎朝午前3時半から7時半までの間に、村内の約80kmの道路を除雪している。
業者に頼まないことにはもう一つ利点がある。道直しには年間約8000万円がかかるわけだが、村直営の事業とし、住民が手足を動かすことで、財政支出をしても村内にお金がとどまるよう工夫がされている。地域内で経済を回すことを考えることは重要なことである。

3. 下駄履きヘルパー
栄村も高齢化が進み、居宅介護を必要とする住民も増えてきた。ところが人口の少ない山間地域の集落などでは、業者にしてみれば割に合わないわけで、なかなか来てもらえない。そこで住民が住民を介護する仕組みを考えた。集落内にヘルパーが存在することで、必要な時に下駄履きで駆けつけることができる、それが「下駄履きヘルパー」制度である。具体的には、住民がヘルパー資格を取ることを推奨し、資格取得資金などを村がサポートした。その結果、人口2300人の村に160人の有資格ヘルパーが誕生した。
かつては何事も住民同士で支え合って生きてきたのである。近所の人には逆に介護して欲しくない、と言う意見も聞かれるものの、家事支援等であれば、ご近所さんの方が何かとやりやすいと言う思いは今も変わらない。

4. 雪害対策救助員制度
全国で毎年、雪おろしのために屋根に上ったお年寄りが落下する事故が絶えない。栄村も日本有数の豪雪地帯であり、住民は昔から大雪と共に暮らしてきたが、近年高齢化が進み、屋根の上の雪下ろしの作業が困難な世帯が増えてきた。そこで「お年寄りを屋根に上げない」と言う信念のもと、この制度を始めた。
具体的には、15人の雪害救助員を日給13,000円で期限付き公務員として雇い、村内160戸の除雪を行っている。住民からの申請を受け、民生委員が各家の状況を審査し、派遣の有無を決定する。長野県内の他の市町村も除雪作業に関する補助金を助成する制度があるが、自治体が雪害救助員として作業員を雇うのは栄村だけである。除雪作業員の人数には限りがあるので、高齢者世帯が増えると作業員の取り合いになって、料金が割高になってしまったりする。そうした無用な負担を避けたかったのである。また期限付きとは言え公務員として雇うことで、作業員の労災も認められる。行政が責任を持つことで、住民と作業員、双方が安心できる点は、本制度のもう一つの優れた点だと言える。

● 自治体職員への期待と役割
古来、文化文明は自然環境とともに存在してきた。栄村にもかつては冬の豪雪を含む自然環境と共に社会的、歴史的な村独自の文化文明が存在していた。昔は大雪が降っても、「雪『害』」とは呼ばれなかったのである。しかし現代社会は都市一極集中型の文明ばかりが画一的に進行し、地域ごとの自然風土とまったくかけ離れてしまっている。本来は地域ごとの施策を考えて行く必要があるのは明らかだ。地域の独自性を探し出し、それにあった施策を創り出すことが、自治体職員の責務と言えよう。

以上を踏まえ、自治体職員へ以下の4つのメッセージを送る。

1. 創造的な仕事ができるようになろう。リーダーの力も重要だが、現場をより知っているのは職員であるとの自覚を持つことが肝要である。
2. 地域に出て、住民と対話をしよう。暮らしの技(知恵、技術)を持っているのは住民である。「住民から教わる」と言う姿勢を持って接することが大切。信頼の上に、住民との協働が成り立つのである。
3. 小さい町村は決算で仕分けせよ。つまり、村の金が誰のどこに行ったか(=利益と権利の所在)を確認することは重要である。
4. 常に住民の立場に立って、生命、健康、自由、環境などの住民の共通利益のために、働くべし。

研修生の声

研修生はみな、講義前に髙橋氏の著書『田舎村長人生記』(本の泉社、 2003 年)を読んでおり、同氏の取り組みついては概ね知っていたはずであったが、 83 歳と言う年齢を全く感じさせない、張りのある大きな声での90 分間のご講義に、「お話に込められた気持ちがとても強くて圧倒された」という声が聞かれた。それは「住民自治がないところに地方自治はない」という一貫した信念から来る迫力だったように思う。多くの研修生が「『自分たちでやらねば』という気概こそが、実践的住民自治への道だ」と感じ、基礎自治体の職員として「まちをどうしていきたいという信念を持って仕事をしたい」と思いを新たにしたようだった。

3 月 12 日未明に栄村を震源地として発生した地震は、幸い人的被害を出すことはなかったものの、その被害は甚大であった。このような厳しい状況でも、住民らと一緒に復興に向けて奔走する日々だと破顔一笑した髙橋氏に、同氏が長年実践してきた住民自治が、栄村に確かに根付いているという自信を見た思いがした。

 

 

 

 

 

関連レポート

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・ 「実践的住民自治への道」 髙橋彦芳 (動画)
2010年度
・ 「実践的住民自治への道」 髙橋彦芳 (レポート)
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2009年度
・ 「(国内視察) 国に頼らない創意工夫の地域づくり ~長野県栄村~」 (レポート)