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あるもの探しで地域を元気に:川南地元学

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講師:河野英樹(川南町総合政策課課長補佐兼企画政策係長)
講義日:2013年6月2日(日)
文責:北海道赤井川村 髙松重和(2013年度参加者)

本講義の目的

2004年当時、川南町農林水産課に所属し、川南町認定農業者協議会の事務局を担当していた河野英樹氏は、同協議会で地域を元気にすることがなにかできないかと悩んでいた。そんな時に出会ったのが、吉本氏が提唱する地元学だった。早速川南町で実践してみた。「ないものねだりではなくあるもの探し」、ここから川南町の元気づくりが始まった。

川掃除から始まった河野氏らの活動は、「川南町の四季を食べる会」の発足、そして近隣自治体を巻き込んだ鍋合戦に発展した。その後も、トロントロン軽トラ市の開催、新ご当地グルメ「浜うどん」の誕生といった、新たな「元気」が生まれてきている。川南町の「元気」は町内に留まらず、近隣自治体にも良い波及効果を及ぼし始めているそうだ。

地元学との偶然の出会いから始まった川南町の元気づくり。具体的にまちは、人は、どう変わったのだろうか。「地域を元気にする」とはどういうことなのか、そしてその担い手は誰なのか。河野氏の9年間の軌跡を辿りながら考える。

講義内容

1.地元学との出会い
農林水産課に勤務し認定農業者協議会の事務局を担当していたとき、本来企画課に届くべき地元学セミナーの案内が、手違いにより農林水産課の自分の目に留まった。その頃、事務局を担当している認定農業者協議会の活動も、設立当初は補助金を活用して先進地視察等を行っていたが、補助金がなくなったことにより活動が停滞気味になっており、会の存続自体が問われていた。何かしなければと偶然手にした地元学のセミナーへ参加し、かべ新聞のようなたくさんの地元学の絵地図に衝撃を受けた。その後、地元学の講師である吉本氏が川南町を訪れた感想として、「どこにあるか分からない」、「何が売りなのか分からない」、「イメージが弱い」とストレートに指摘されたことに愕然とする一方、「川南のイメージを作れ」と問われ「何かする」と感じ、職場の後輩とまずは現場を知ろうとまち歩きをはじめた。
-河野氏の考える地元学-
①使い勝手の良い道具~まずは深く考えない、地元の下調べ
②「自分学」への入り口
③現場を動かす力となるもの

2.川掃除から四季を食べる会、鍋づくりへ
2004年12月から地元を知ろうとまち歩きをはじめ、自分が子どもの頃遊んでいた川が汚いことに気づく。自分が遊んでいたように子ども達にも川遊びができる環境をと、職場の後輩と2005年5月から川掃除をスタートさせる。その川掃除に地元の自治会長である米農家さんが自然と協力してくれるようになり、その活動が認定農業者協議会の協力等により町内各地に広がった。
その後、認定農業者協議会においても地元を調べ、何か出来ないかと話し合い、同じ町にいながら農家と漁師の交流の場がなかったことから、交流する場を設けようと動きはじめる。農家の了承は得たものの、漁師は元々ふん尿等の問題から畜産業に対して良くないイメージをもっており、山と海の接点もなかったため、漁師の同意を得るために奔走。また、予算もないことから、参加者が家庭料理を1品ずつ持ち合う形で、なんとか2006年11月に「川南の四季を食べる会」として農家と漁師の夢を語らう場が作られた。この家庭料理を持ち合う方法をアドバイスしたのが、地元学の講師である吉本氏である。また、会に外部の視点を入れようと高鍋町(隣町)の酒造会社黒木本店の黒木社長をアドバイザーに迎える。7年目を迎えた今では、食のテーマを決め、町内外問わず一般の住民が参加できる会となり継続されている。
四季を食べる会のはじめは、農家と漁師が別々に座るなど異様な雰囲気でのスタートとなったが、会が進むにつれ、お互いに気さくに話し合える会となっていった。ある時、漁協の参事と認定農業者協議会の会長、自分の3人の居酒屋の席で、参事から漁師の水揚げの手伝いをしてみないかと誘われる。冗談だと思っていたら、話は本気らしく、夜中3時から朝方に行われる港の手伝いをすることとなった。認定農業者協議会の会長も農家に声かけをして人を集める。自分も役場に出勤する前まで手伝うこととなった。役場の後輩も協力してくれ、2007年1月から港に通い続けた。この行動が漁師に伝わり、共同して何か作ろうと機運が高まり、2008年1月に山の幸、海の幸を用いた川南のオリジナル鍋づくりがスタートした。
2008年4月アドバイザーの黒木社長の協力を仰ぎ、隣町の高鍋町との鍋合戦を開始。その後、当初参加のなかった近隣の町も加わり、2008年11月には近隣5町対抗鍋合戦を開催、今では2万人を超える県内イベントに成長。地元学と出会い、ここに至るまでに川南町の予算はゼロである。地元の一体感で築きあげることができた。

3.次のステージ
2009年に地元の養豚企業である「ゲシュマック」と出会う。ゲシュマックの2代目がまちづくり活動をしている河野さんですかと訪ねてこられた。自分が育てたものの価格決定権を持つためにといろいろと考えている。以前より地元学の講師である吉本氏から1度会ってみたら良いと紹介されていた高知県在住のデザイナー梅原氏を訪れる。梅原氏は簡単にあってもらえる方ではないにも関わらず、約束の時間に大幅に遅れたりとハプニングがあったが、彼の育てた豚肉と川南の水で作ったしゃぶしゃぶを食べてくれた。この出会いが、ゲシュマックの新しいロゴを生み出すことに繋がった。
川南の3つの人・地域・経済の元気を創造する事業として、本年度は町の予算も付き、地元学の吉本氏をアドバイザーに、もう一度川南のあるもの探しをスタートさせる事業に取り組んでいく。

<感想>
川南町で生まれ、川南町で育ち、川南町で働く河野さんが偶然地元学と出会い、改めて地元を知ることから活動された。何か出来ることをと考え、できることからはじめていくという姿勢の大切さ、そのためには仲間づくりが絶対に欠かせない。「まちを元気にさせるには住んでいる自分達の力」という熱い想いを持ち行動していくことが、農家さんや漁師さんの一体感を生み出し、みんなが一つになることによって、はじめてまちを元気にさせる原動力になるものだと感じた。
講義を受け、まず、村の中を歩いてみようと思い歩き始めてみた。普段、車に乗って通っているだけでは気づくことがなかった道沿いの芝桜や各家庭での庭づくり、家庭菜園に勤しむ方々の多いことをあらためて実感した。
今何をするべきなのかは正直わからないが、地元の「人」や「今あるもの」の組み合わせで新しい何かになるのかもしれない。時間がかかることかもしれないが、村のためにと想いを共有できる仲間と何か出来ることはないかと話し合ってみることが第一歩だと感じた。