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(2014年度国内調査)天の製茶園:環境マイスターのものづくり現場~熊本県水俣市~

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調査先:熊本県水俣市 天野茂、浩 (天の製茶園)
日時:2014年6月27日(金)16:30~19:30
文責:①石川県能美市 嶋田准也、②長野県安曇野市 花岡慧(2014年度参加者)

本調査の目的

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「まちづくりはそこに住む人々の『想い』から始まる」。

週末学校では、このメッセージを一貫して伝え続けている。この「そこに住む人々の『想い』」とはどのようなものだろうか。そして、そこからスタートしたまちづくりとは、どんな様相を呈しているのだろうか。

水俣病という苛烈を極める苦難を抱えながら、地域の自然や風土、そして人と人とのつながりを再起させ、新たな地域の価値を生み出し、人々が「ここ」に生きる希望を作ってきた熊本県水俣市。吉本哲郎氏(地元学ネットワーク主宰)によると、「水俣は魂の最も深いところが震えるまち」とのこと。本調査では、その地を実際に訪れ、混乱の渦中に身を置きながらも、地域の再生のために尽力し続けてきたキーパーソンらにお会いする。そして、対話や議論を通じて、彼らの地域に対する想いや哲学を肌で感じると同時に、この地域が発する熱量に触れ、真のまちづくりとはどのようなものなのかを探る。日々の生活の中に生まれた苦しみを背負いながらも、地域への想いを胸に歩み続ける人々に会い、自身の地域に対する見方や姿勢を見つめなおしてほしい。

以下では、標高600メートルに位置する石飛高原で完全無農薬・無化学肥料でお茶を栽培し、水俣市環境マイスターにも認定されている天野茂さん、浩さんにお会いした際の、参加者レポートを紹介する(国内調査全体については、こちらを参照)。

参加者レポート①:石川県能美市 嶋田准也

水俣国内調査の初日、バスで30分以上かけ、海辺の水俣病資料館から、途中、バスの底をするほどの急勾配の曲がりくねった山坂道を標高約600メートルまで一気に駆け上がり、石飛地区の天の製茶園を訪問した。あいにくの雨で視界が悪く、茶畑を見ることはできなかったが、豚舎の廃材を利用して作った囲炉裏のあるゲストハウスで、天野茂さん、浩さんのお話を伺った。


・天野茂さんのお話

ここは、大正の終わりから昭和のはじめに開拓し、お茶を植えた人がいた。戦争が終わって、開拓団ということで、うちの親父達が開拓していった。昭和24年頃の出来事。私は昭和28年の生まれ。姉の長女が3歳の時に、家族でここまで歩いてきたという。浩は三代目で、もうやがてお茶を作り始めて20年になる。主に緑茶を作っていたが、平成3年から、もう23年になるが、紅茶を作り始めた。新茶はそこそこの値段で買ってもらえるが、2番茶、番茶になると安いので、何とかしたいと思っていた。そのとき静岡で紅茶を作っている人の記事を見たのがきっかけ。

農薬を使わなくなったのもその頃で、家族の身体に優しい物をと思って、また農薬をまくのが大変なので、楽をしたいと思って無農薬にした。それが36年前。無農薬は草取りが大変。明けても暮れても草取り。

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最初は全く素人の製品だった。工場を借りて1トンくらい作った。しかし紅茶の専門家から「紅茶じゃない」と言われ、売り込みをしようとしていたのが出鼻をくじかれた。しかし、捨てるわけにも行かないので、あの手この手で売っていたら「紅茶じゃないけど飲みやすいね」ということも聞かれた。無農薬で肥料も少なめなので、「優しい味」という事も言ってくれた。そして、平成6年の東京水俣展で東京デビューした。そのころから少しずつ評判が広まっていった。「紅茶が嫌いな人が飲みやすい」「これなら飲めます」ということに。どこの紅茶かわからないのも嫌なので、シンプルに「天の紅茶」という名前にした。

今は茶畑が3ヘクタールと戦前からの在来種のお茶を区別して納品している。在来のお茶は値段が安いので周辺の人は手放している。私はそれを引き受けて作っている。5ヘクタールくらい。昔からあるものは使わないともったいない。息子2人と外国人を含めたスタッフでやっているけど、けっこう賑やかにやっている。


・質疑

Q:無農薬にした理由は?
A:楽だと思った、人と同じモノ作っていても、生き残れない。緑茶で争うには全国を相手にめちゃくちゃ大変。だから、人がしてないことをしないと生き残れないと思った。また、水俣産のお茶と言っても、素通りしていくお客さんも多かった。水俣というだけで売れなかったこともある。だから安心安全なものを作れば、売れていくし、自分自身も誇りを持って、励みになると思った。ちゃんと評価される事が嬉しい。ただ作っているお茶は、どこかのお茶に混ざって売られていくだけ。自分で売るしかないと思った。それでもなかなか思うどおりに売れなかったので、大変だった。そんな中で、無農薬にしよう、とか、2番茶は紅茶にしていこう、と自分の作っているものが価値を高め、やっていることが繋がる、そういう思いで作っている。

Q:無農薬のほうが大変なのでは?
A:楽だと思った。そしたら、草取りが大変。あとから分かった。人がしないことをやらないとダメだという思いがあった。いいものを作っている人の後追いをしても面白く無いと思った。ただ作って、納品して、、と言うのは私からしたら工業製品と同じ。農業をやる喜びの方を選んだ。悩んだこともあるが、自分には個性のほうが大事という思いがあったからそうした。

Q:とらやの羊羹に使われたときは?
A:最初はそんなに気にしていなかった。そんなに続かなくてもいいと思っていた。よく知らなかったが、最近は毎年研修に来るので、採用した理由を聞くと、紅茶の味と香りがあずきに負けなかったということらしい。最初2種類の紅茶を提供した。紅茶らしい味のしっかりした方を採用してくれた。最初にデタラメにつくったと思っていたほうが、個性があるということで選ばれた。

Q:紅茶と緑茶の葉の違いは
A:葉は一緒。品種によって緑茶向けと紅茶向けがある。しかし、紅茶向けの品種で紅茶を作っても、外国の紅茶の後追いになってしまう。だから、緑茶の葉っぱで作らないと意味が無い。一つのこだわり。

Q:一番好きな景色は?
A:このゲストハウスのソファからの景色。人が仕事しているのを酒を飲みながら見るのは最高。夏の暑い時ビール飲みながらはいい景色。

Q:無農薬をはじめた時、農薬と無農薬とのトラブル等はなかったか?
A:言われたこともあったが、その時のことは忘れた。逆にうちに虫がくることだし。うちで発生するわけではない。自然は広いからそれを考えたらキリがない。いまでこそ付加価値をと考えるが、競争相手が増えると無農薬から農薬使用に切り替える人もいる。それは取り組みそれぞれだし、ポリシーの問題。

Q:息子さんたちはお茶づくりに関してはどうか?
A:販売は頑張っているが、お茶づくりはまだまだ。草取りとかスタッフが頑張っている。茶畑を這いずりまわるくらいになってほしい。それが楽しみになって欲しい。草を取るとお茶が喜ぶというような考えになってほしい。

Q:規模の拡大は?
A:今がちょうどいいと思っている。今をちゃんとしないと、逆にロスがでる。そうやってしてほしいなと思う。

Q:紅茶作りのノウハウはどうか?
amano2 A:毎回勉強。一回作ったのと、大量生産するものは違う。作ったものを何年もストックしている。それも、何年もの、という感じで売ることもある。作ったものは、どうにか活かそうという感じ。無我夢中にやれば、何かが動き出す感じは経験上ある。

Q:無農薬以外で気をつかっていることは?
A:草取りで手一杯。それをちゃんとやる。肥料も少ない。言葉を変えれば、自然のままにの状態。それはそれでお茶の評価は、優しさというものになる。おかげさまで評価がいい方になっている。


・まとめ

水俣産のお茶を売るために、人と違う手法で、無農薬のお茶、そして紅茶を作り続けてきた2代目の茂さん。農家の生き残りをかけて商品を差別化し、評価を得てきた。夕食を兼ねた懇親会では、紅茶の飲み比べをさせていただきましたが、とても印象に残る製品がありました。商品の個性は大事だな、と思いました。そして太陽のようなパーソナリティで注目を集める3代目の浩さん。「お茶づくりはまだまだ」と父の茂さんは評するが、お茶づくりのポリシーの部分は受け継がれているなと感じました。

また、携帯電話の電波も通じない山奥に、外国人の研修生も含め、天の製茶園に年間多数の方がいらっしゃることが、無農薬紅茶製品そのものの本物の魅力と、茂さん、浩さんの思いに共感される方が多いからだと思いました。

参加者レポート②:長野県安曇野市 花岡慧

「天の製茶園」は、水俣市街地から30分以上かかる山間部にある、石飛地区にある。標高は約520メートル。この地区は水はけが良く、ミネラル分の多い霧島山系の火山灰地で、日当たりや寒暖差などの条件から、お茶の生産が行われている。

1949年に、1代目が入植してから、天野茂さんが71年に跡を継ぎ、浩さんは3代目にあたる。茂さんが、73年から減農薬栽培に取り組み、79年に完全無農薬化を実現し、こだわりの和紅茶を作り続けている。天野さん親子は、「環境マイスター」に認定されており、安心安全で環境や健康に配慮したお茶づくりに取り組んでいる。

 

あいにくの雨であったが、畜舎を改装したという囲炉裏小屋で、囲炉裏を囲んで、お話を伺った。

山間地の山奥で、農園の規模としてはそれほど大きくないが、無農薬栽培という付加価値をつけて、お茶を売っている。種植えの在来種を生産しているが、在来種のお茶は風味が薄く、他のお茶の増量に使われて、価格が高くは売れないそうだ。今から30年ほど前に、紅茶の栽培に着目した茂さんが、手探りで始めた紅茶栽培だったという。

 

無農薬への取り組みは、30年以上にわたる経験の中で、培われた経験に裏打ちされている。病害虫が発生しても広がらないような、土壌づくりは、カビの香りや、柔らかさなどを丁寧にチェックして良い状態を保つようにしている。厄介な雑草も、自然の中で虫に食べられるような状態にコントロールされているという。無農薬栽培には、手間やお金がかかるものだと思っていたが、農薬をまかないで済むように土をつくり、雑草や虫とも“共生”できる茶畑を作っている。

 

天野浩さんは、産地やブランドで競争するのではなく、自分たちが普段使いで“がぶがぶ”飲みたくなるようなお茶を作りたいと話していた。その味を決めるのは、浩さんのお母さんである。病気で味に敏感なお母さんを納得させる紅茶を作ること、それは、水俣病で苦しんだ土地だからこそ、安心できる本物を作るということでもある。


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また、天の製茶園では、紅茶の販売においても、信頼に重きをおいている。商品を作るだけでなく、売ることまで考えているということ。大手の流通経路ではなくても、信頼で結ばれた個人流通をベースに、長く付き合える顧客を相手に、商売をしている。本物を作り、信頼で売る。利益を上げることと、信頼を築くことは相反するばかりではない。双方のバランス感覚に優れた、一流の商売人でもあるのだと感じた。

 

天の製茶園の「天の紅茶」は、個性的な味わいで紅茶らしくないと言われたこともあるという。しかし、老舗和菓子店の紅茶羊羹の素材にも抜擢されたその味わいの背景には、作り手の環境・健康に対する深いこだわりがある。“本物”を作り出す、マイスターの仕事。水俣の地で、信頼を作り出す生産者のこだわりに出会った。

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