2016年度のプログラムが終了しました(更新日:2016年12月21日)

「場所文化」が秘めるポテンシャル

キーワード:

講師:後藤健市(LLC場所文化機構 代表)
講義日:2011年6月4日(土)
文責:週末学校事務局 冨澤太郎

本講義の目的

gotou2.jpg あなたは自分の地域を誇りに思っているだろうか?東京に住んでいるのはカッコ良くて、田舎はダサいという意識を持っていないだろうか?地域に住む人々が自らの地域を誇りに思い、前向きな気持ちで行動することで、必ずまちは元気になる。いま地域に求められているのは「覚悟」だ。必要なのは完璧なまちづくり計画や財源ではなく、失敗を恐れずに行動を起こす気持ちである。
講師である後藤健市氏は、様々な立場で多種多様な人々と、地域に活力を生み出す取り組みを行ってきた。その一つの取り組みに「とかちの…」という飲食店の経営がある。その名の通り、北海道・十勝で生まれた新顔のじゃがいもをはじめ、こだわりのチーズや豚肉、地元の小麦で焼いたパンなどが並ぶ。日本の食糧基地と呼ばれる農業王国・十勝。その恵まれた環境を生かし、東京に拠点を持つことで、世界の様々な国や地域に「つながり」をつくりたいという思いから、このお店を始めた。
「とかちの…」は決して十勝だけのお店ではない。「食」を通じて、生産・採取している人やその地域と直接つながることができるという点に着目したことで、様々な地域の人による集いや交流が生まれ、「みんなの場所」として発展してきた。
自分たちの足元にある「場所」、「文化」にしっかりと目を向け、自らの地域に誇りを持つことなしには、地域を語れない。後藤氏のこれまでの経験やいま現在取り組んでいることについて聞き、地域づくりを進めるうえで求められる姿勢と様々な人々と協業するコツを学ぶ。

講義

● 場所という文化。当たり前にあるものを大切にする
まちづくりをしていくうえで、「場所文化」という考えを大切にしている。我々の生活や社会を“便利”にしていく「文明」に対して、我々の生活や社会を“豊か”にするものが「文化」だと私は考える。「文化」と聞くと芸術や伝統工芸などを思い浮かべるかもしれないが、決して特別なことではなく、私たちの日々の暮らしの中にごく普通にあるものだ。いわゆる「文化」として100年以上前から伝えられているものは、人々が身近にあることを大切にしてきたからこそ、今日に存在しているのだ。
しかし、私たちはいま周りにあるものを大切にしているだろうか。いま当たり前のようにあるものをこれから大切にしていくことで、100年後に「文化」として次世代に受け継がれていくことは十分にありえる。例えは、郷土料理は古いから良いのではなく、住民の生活そのものであり、地域の暮らしを守ってきた大切なものだから良いのだ。
いまも地域にはたくさんの独特の知恵や技術がある。また、方言や建物などにも地域によって様々な特色がある。私たちが暮らしている土地や身近にある自然、そうした「場所」に私たちの生活の知恵である「文化」があり、これらは日々の生活の中で使い続けることで守られている。
いま一度私たちの周りにある「場所」と「文化」を大切にすることが、地域に活力を生むと考え、まちづくりに取り組んできた。地域の宝ものは決して特別なものでも、新しいものでもなく、地域にある身近なものだ。そうした当たり前のものを活かすために、東京で何かできないかと考えた。そこで、「とかちの・・・」という十勝の食材を扱うレストランをつくり、食文化を通じて、様々な地域が自らの良さを再発見し、自らの個性や違いを磨ける場所づくりを目指した。いまでは十勝の食材に限らず、様々な地域の食材を扱うことで、地域の多様性を認め合う場所となってきた。

また、「場所の旬」という考えも大切にしている。食材と同じように場所にも旬があると考える。一年の中で季節や気候の変化があるため、場所は一年を通じて様々な姿を演出する。常に変化する場所には、一年間の中で、ある瞬間が一番良いという時が必ずあるはずだ。例えば、月見や花見などには昔から人が集まる。そして、そこで飲食をし、季節感を味わい、仲間とともに過ごす時間の質を高めてきた。
「うちには何にもない・・・」という人がいるかもしれないが、「あなたのまちのどこが一番素敵ですか」と聞けば、必ずひとつは場所があるはずだ。そうした時間の質を高めることのできる場所の旬を見つけて、そこにイスとテーブルを置いて、その時一番おいしいものを飲み食いすれば良いのだ。こうした一番良い時、「場所の旬」を最大限に活かすことで、地域に活力を生み出せるものだ。
わざわざ人が来る場所をつくることを目指している。そして、人々の間に豊かな関係性が生まれ、豊かな時間が過ごせる場所づくりに取り組んでいる。こうした場所を「ハレの場」と呼んでいる。
まちづくりにかかわっていると、よく「うちには○○“しか”ない」と聞く。しかし、それは、何かが“ある”ということの裏返しだ。そこに唯一あるものを活かすほかにないだろう。例えば、空きビル“しか”ないと言うので、商業スペースとして使われていた最上階を会員共有のゲストルームにした。会員(50名)が1カ月1万円の会費(家賃)を払い、自分たちの“街中ゲストルーム”に仲間を呼び、楽しいひと時を過ごしている。また、畑“しか”ないと言うので、畑の中央にウッドデッキを設置し、イスにゆったりと腰かけ、ワインを片手に仲間と豊かな時間を過ごせる場所にした。今度は、“雪“しか”ないというので、雪原を楽しめるビニールハウスのレストランを作った。

さらに、「場所のコンプレックス」を抜け出すことも大切だ。コンプレックスとは、「違う」ということを認めず他者と比較をして、自分が劣っていると考え閉鎖的になることだ。こうしたコンプレックスは地方にたくさんあると思う。「田舎で何もない。楽しいことがなくてつまらない」と思う人が多いと思う。しかし、「違い」があるということは「個性」があるということだ。私の祖父は全盲だった。周りの人と違ったが、決して自分が劣っていると思っていなかった。むしろ周りの人と違うことを個性であると受け止めて、自らの個性に誇りをもって、たくましく生きていた。
つまり、地域住民が違いを素直に受け止め、自らの個性に誇りを持つことが、まちづくりには不可欠だ。そして、地域がそれぞれの違いを認め合い、それに磨きをかけることで、地方は大きく変わることだろう。他所でやっている成功事例をそのままやろうとしても絶対にうまくいかない。まずは、地域の人たちが自分たちの個性に気が付き、ネガティブなコンプレックスを無くし、誇りを持つことだ。

● 当事者意識を持って、とにかくやってみる
gotou1.jpg まちづくりに重要なことは、とにかく失敗を恐れず、取りあえずやってみることだ。多くの人は、「失敗しないための行動」と「成功するための行動」を同じだと考えているが、そうではない。三振を恐れてバットを振らなければ、いつまでたってもヒットもホームランも生まれない。とにかく、バッターボックスに立って、バットを振らないことには始まらない。
計画(PLAN)を立てることに時間をかけすぎて、なかなか実行(DO)に至らないことが本当にたくさんある。それは、失敗をしないようにするための計画にこだわりすぎて、実行にまでたどり着かないからだ。「成功するまちづくり」ではなく、「成功を目指したまちづくり」で失敗しても良いのではないか。
インスピレーションを得た後は、完璧な計画(PLAN)を立てることに時間と労力を使うのではなく、とにかく勢いよくやってみる(DO)ことだ。PDCAサイクルのPLANばかりするのではなく、DOをもっとやらないと何がうまくいって、何がうまくいかないのか見えてこない。PLAN、PLAN、PLANでは、何にも見えてこない。実際にいろいろやってみて、当初見えていなかったことも見えてくるものだ。そうした実体験をもとに計画(PLAN)を立てれば良いのではないか。

そして、まちづくりにおける最大の課題は、地域住民に覚悟が無いことだ。住民が依存体質のまま、「何とかなるだろう。誰かが何とかしてくれるだろう」と考えているようでは、どんなに政治家や行政が頑張っても何も変わらない。まずは、住民自らがやるという気持ちが必要だ。

補助金がもらえるから“やる”まちづくりを、「引き算のまちづくり」、「デキナイまちづくり」と呼んでいる。以前、あるまちづくりの会合に出席した際に、補助金がもらえるからやるという話があった。実際にどのようなまちにしたいのかという地域の人たちの意思や覚悟が伝わってこなかったので、「補助金がもらえなかったら、やらないのですか?」と聞くと、「そりゃ、やらないよ」と答える。補助金ありきで、現場のモチベーションが低いまちづくりは絶対にうまくはいかない。形だけの責任者はいるが、最終責任は誰も取らない。順調な時はいいが、問題が起こっても迅速な判断や決断ができない。そして、誰も責任をとらないため、なかなか止められない。その結果、やらされている事業は負のスパイラルに入り、関わる人は楽しいとは思えないし、そういうまちづくりには人もお金も集まらない。
本当にやりたいのであれば、本来まちづくりは、自らがお金を払ってでも進めるものだ。お金を払えば、責任の所在も明確になり、どうにかしたいというモチベーションも上がる。そして、自分のお金、また仲間からもらったお金だから、しっかりと管理をする。そして、自分の責任でやっているため、意思決定も早く、自らが事業を辞めることもできる。これを「足し算のまちづくり」と呼んでいる。
こうして考えていると、意外と「引き算のまちづくり」をしているところが多いのではないか。補助金頼りで、何をどうしたいのかという当事者意識が欠けていて、何か「やらされている」感がつきまとうまちづくり。そんなまちづくりは、やらない方が良いだろう。

● ひとりでやらないこと、人を巻き込んで楽しくやる
まちづくり活動のモットーは、「文句・不満があるなら、その解決方法を“自分”で考え、“自分たち”でやってみることだ。当事者意識を持って自分で考える。そして、自分“たち”で、地域のみんなで取り組む。以外と自分で抱え混んで活動をしてしまうことが多い。しかし、一人の人間の能力には限界がある。自分だけでやってしまうとどんなに良い取り組みでも長続きしないものだ。
そこで、まちづくりにかかわる人には様々な人がいるが、私はあえて次の3つのタイプに分けて考えるようにしている。

① “思いつき”の人、 ② “思いこみ”の人、 ③ “現場を仕切る”人

“思いつき”の人は、様々なアイディアを思いつき、そのアイディアと思いを周りに伝え、連携し、事業実施のために人を巻き込み続ける。 しかし、“思いつき”の人が何でも間でもできるというわけではないし、実際に何かをすることが必ずしも得意なタイプでもない。
そこで、“思いこみ”の人が必要だ。伝えられた思いつきを具体的なビジョンに落とし込み、ヒト・モノ・カネを巻き込むための具体的な計画を立て、同時に、その実行のためのアクションを起こす。しかし、目標達成のために地道に物事に取り組むが、日々変化する現場に対応する柔軟性に欠ける。
そこで、次に“現場を仕切る”人が求められる。思いつきの人、思いこみの人のでっかい夢、熱い思い、そして具体的なアクションのための計画を受けて、それを実行するために、客観性を持って現場を仕切る。
これまでの経験から、この3つに分けて取り組むと、うまく物事を進めることができることを感じてきた。まちづくりを進めるうえで、こうした役割分担のもと、様々な人が協力して行うことが成功のカギだと考える。

gotou4.jpg そして、まちづくりにとって、最も重要なことは、真面目に取り組み過ぎないことだ。真面目すぎると、面白くないし、楽しくない。そのうえ、人もお金も集まらず、長続きしないものだ。面白いこと・楽しいことに人は勝手に集まる。祭り、飲み会、遊びは我々の生活には欠かせない。そして、面白いこと・楽しいことに人は時間もお金も使う。趣味、観劇、スポーツなど、「忙しい。お金がない。」と言う人でさえ、楽しいことには時間とお金を使うものだ。
「たのかっこいい」という考えを紹介したい。まちづくりは自分たちが楽しくないと続かない。そして、かっこよくないと人は集まらない。この二つのバランスが取れていない取り組みは持続しないのだ。

最終的には、そこに住む人の生き様だ。結局は人だ。人の思いがあるから、それに魅かれて人が集まる。何万人来て、いくら儲かったという話は重要なことではない。不特定多数の観光戦略では長続きしない。「10人が10回来てくれる」という数は少ないが、そこに人の思いがあり、楽しい、面白いと感じられることが重要だ。本物をつくり、それを評価してくれる人が徐々に増えてくれば、それほど嬉しくてやりがいのあることはないだろう。

研修生の声

講義終了後、後藤氏がプロデュースにかかわっている「にっぽんの・・・」(「とかちの・・・」の姉妹店)というお店に会場を移し、「地元自慢大会」を行った。研修生が自分の地元にある自慢の品を持ち寄るという会だ。自慢の品々が集まり、日本の地域の多様性を感じるとともに、食文化を通じて、自らの地域の個性について考えるきっかけとなったようだ。
研修生からは、「自分の場所・地方に少なからずコンプレックスを持っていたが、それを個性と捉え、受け止める重要性に気がついた」、「市民がまちづくりに関わってくれないと嘆くのではなく、面白いと思ってもらえることをしたい」、「頭で考えて計画を立てるよりもまず行動。考える体質から動く体質へもっと自分を変えていきたい」など、自らの地域に誇りを持つことの重要性、また地域づくりやまちづくりに関わる者としての軸となる考えを学んだ。研修生が小さくても何か動き出すときに、彼らの背中を後押しすることとして、この講義を思い出すことだろう。

関連レポート

2011年度
・ 「『場所文化』が秘めるポテンシャル」 後藤健市 (動画)