2016年度のプログラムが終了しました(更新日:2016年12月21日)

「官民連携とは何か」

キーワード:

講師:亀井善太郎(東京財団研究員・政策プロデューサー)
講義日:2012年6月2日(土)
文責:週末学校事務局 冨澤太郎

本講義の目的

あなたは「官民連携」という言葉からどんな活動が思い浮かぶだろうか。言葉通りに考えれば、「官」と「民」が同じ目的を果たすためにお互いに協力に物事に取り組むのが官民連携だ。では、同じ目的を果たすというのはどんなことなのだろう。お互いに協力するというのはどんな状態なのだろう。
第2回の一連の講義では、現場でそれぞれのカタチで官民連携に取り組む人たちの話を聞く。それぞれに工夫があり、それぞれにめざましい成果があり、日々の活動に熱心に取り組んでいるだけあって、様々なエピソードに溢れた彼らの話は興味深いものばかりだ。しかし、それだけに、個々の事例の面白さにばかり目が向いてしまい、これらの一連の話から真に学ぶべきものを見失ってしまいがちになる。
実現すべき「公共」とはどんなことなのだろう。抽象的になりがちな「公共」だが地域の中で具体的に考えれば誰によって定義される、どういうことなのだろうか。また、「民」と「官」のお互いの協力で「公共」を担うというのはそれぞれの役割がどんなものでどうやって進められるのだろうか。そもそも、「民」と「官」の関係はどんなものがよいだろうか。その上で「官」であるあなたが留意すべきことはどんなことなのだろう。全国の事例から、うわべだけを聞いてわかったつもりになるのでは意味がない。本講義では一連の事例を学ぶ前にこうした大切なことを感じるヒントを皆さんと共に考えたい。

講義

●官民協働をめぐる自治体職員の勘違い:役所のコスト削減でも自己満足でもなく、肝心なのは「受益者」の視点
あなたたちは「官民連携」という言葉からどんな活動を思い浮かべるだろうか。福嶋浩彦氏の講義(第2回1日目)を通じて、「官民連携(協働)」とはコスト削減のためではなく、質の向上を考えることが大切であることを学んだ。言葉通りに考えれば、官と民が同じ目的を果たすためにお互いに協力をして物事に取り組むことが「官民連携(協働)」ということになるだろう。では、同じ目的に向かってお互いに協力するとはどういう状態なのだろうか。具体的に考えてみよう。
研修生の皆さんには「あなたの自治体で実施している『官民連携』と呼ばれる事業のうち、あなたが最も評価している事業について書いてください」という事前課題に取り組んでもらった。皆さんのレポートを読むと「スキーム(誰と誰がやっている、協力体制、方法論)」に対する評価が多かった。その一方、そこで生み出している「価値」とはどんなものなのかという肝心なポイントへの言及は少ない。大切なのは方法論よりも生み出す価値だ。「素晴らしいスキームだ」とか、「担い手のNPOが立派だ」ということで評価してよいのだろうか。また、民営化を進め、行政がなくなることがよいと考えているコメントも多く見られた。加藤秀樹氏が前回の講義(第一回一日目)で指摘したのは、官(行政)だけが公(公益)を定義し、担うという「官による公益の独占」を続けてきた我が国の現状を改めるべきだと指摘したのであって、それでも行政がやらなければならないことは現にあるのではないか。行政の公益の独占は問題だが、責任を放棄する話ではない。確かにそれぞれの自治体の財政は厳しいかもしれないが、それでもやらなければならないことはある。行政マンであるあなたたちの役割と責任を改めて自覚してほしい。そもそも、行政の役割は何か十分に考えられていないのではないだろうか。本当に行政がなくなることがよいことなのか、そこは改めてよく考えてほしい。
皆さんが考えるべき最も大切なことはこの事業によってもたらされる「価値」だ。具体的に申し上げれば「この事業の受益者はどう評価しているか、どう見ているのか」ではないか。皆さんの書いた事前課題レポートには、受益者の視点が明らかに欠けている。役所の事業の担当者や担い手である市民(福嶋氏の講義レポートを参照されたい。自治体の担当者やNPO等の担い手)から聞いた話はあるが、受け手(受益者)から聞いた話はない。書いている人もいるが重要な情報としては扱っていない。皆さんがそうしなかったのはなぜなのだろうか。実際にどんな人が受益しているのか、その数、潜在受益者(本来受益すべき人)は誰なのか、その数と市民全体に対するその割合、事業の結果に対する受益者の満足度という視点は見られない。それは担い手の自己満足であり行政の独りよがりではないだろうか。

●自治体職員は「評論家」ではなく、当事者意識をもった「実務家」になろう
皆さんが書いた課題は、レポートとしてはよく書けていて、評論家としては及第点かもしれないが、実務家としては失格だ。自らが当事者であるという意識を持つことができているのか大いに疑問を感じた。何度も繰り返すが、皆さんは「自治体職員」という実務家であり、評論家ではない。
方法論(how)ではなく、何のために、そして、どうしてやるのか(what、why)が重要ではないか。皆さんの書きぶりからは、何を達成するために実施するのかという目的意識が感じられない。自分だったらどうするのか、自分ならどう考えるのか、そもそもこの事業はどんな課題を解決しようとしているのか、「自分の問題として考え行動する」という当事者意識を持って臨んでほしい。
何よりも大切なのは「自分のこととして考え、行動する」ことであるが、単に自分の目で見たことで考えるのでは一人よがりであり当事者意識を持つ人の行動ではない。自分がこういう立場だったらという、さまざまな立場でモノを考えることが出発点になる。この週末学校に臨むについても同じことだ。皆さんの学びと成長は、いかに自分のこととして考えられるかにかかっている。誰も皆さんのために何かをしてくれるわけではない。自分でやるしかないのだということを忘れないでほしい。

●一連の話から「豊かさ」や「うまくいっているイメージ」に共感をしてほしい
この第2回では、全国の様々な事例について、これを担ってきた方たちから直接話を聞く。まず感じてほしいのは彼らの視点だ。皆さんとはまったく異なるモノの見方をしているはずだ。自分自身と違う何を見ているのか、逆に言えば、自分に欠けているものは何か、謙虚にそこを考え、感じることが大切だ。 第二に留意してほしいことがある。講義やその事例は一つ一つが面白い取り組みとして聞こえるだろう。しかし、表面的な取り組みの内容に惑わされないように気をつけてほしい。皆さんに学んでほしいのは「手法」ではなく、どういう「思い」で、またどのような「問題意識」で彼らが取り組んできたかだ。これからの講義は学者の話でもなければ、うまくこなしている人の話でもない、まさに公益を実現する「何か」のために愚直に取り組んでいる人たちの話だ。彼らの思い、考え、意識、そして、彼ら自身が変わったきっかけは何かを考えながら話を聞いてほしい。そして、ロジカルな理解ばかりでなく、彼らの話から「うまくいっている」ということはどういうことなのか、直観的なこととしてもよい、具体的なイメージを感じ取ってほしい。
また、それぞれの話にある「質のモノサシ」についても考えてほしい。これから皆さんが自分の地域のありたい姿や課題を考えるうえで、「質のモノサシ」が大切になる。「モノサシ」とはみんなで共有する価値観であり「豊かさ」だ。そして、具体的な事例を通じて、公(公益)とは何かについて考えてほしい。公とは、抽象的な概念ではない。具体的なできごとを通じて現れ、そこで考え行動することによって具体化する。これから登場する彼らが言っている「みんな」とは誰のことか。「みんなにとってよいこと」、つまり実現しようとしている公益とはなにか。そこでどんな「豊かさ」が生まれているのか。彼らはどんな「豊かさ」を感じているのか、そして目指しているのか。そうしたことを実現するためにはどんな人たちが何をしているのか。表面的な浅い抽象論で分かったつもりになるのではなく、各々の事例を通じてより具体的に当事者意識をもって考えてほしい。

研修生の声

「スキーム屋になるな!」という言葉が印象的だった。行政は、予算、条例、例規といった様々なスキームに囲まれているため、手段が目的化し、「何のために」、「誰のために」実施しているのかが見失われがちだという気付きがあったようだ。
また、「質のモノサシ」は様々だ。何を持って「豊かさ」とするかは地域によって異なる。受益者が、事業に対してどのような評価をしているのか知るためにも、もっと地域の現場を見ること、住民の声を聞く必要があるという気付きもあった。
厳しい指摘もあり、緊張感のある講義だった。研修生は本講義での反省を踏まえ、その後の講義で紹介される事例を自分のこととして捉え、より深い学びを得ることだろう。