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市民の公共をつくる

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講師:福嶋浩彦(東京財団上席研究員、前我孫子市長)
講義日:2009年6月19日(金)
文責:千葉県白井市 元田和寿(研修生)


1.公共は市民のもの

3fukusima 1.JPG 「公」を担うのは「官」と「民」両方です。さらにはっきりさせておきたいのは、「公」とはそもそも「市民の公」であって、「官の公」など存在しないということです。「市民の公」を、市民が自らいろいろな主体を作って担うこともあるし、市民が政府を作って官にやらせることもある、ということです。
これまで「公」は「官」が担うと考えられていました。しかし実際は、以前から、公共事業の企業への発注や福祉事業の社会福祉法人への委託など、「民」も「公」に携わってきました。それなのに意識としては「公」=「官」でした。「民」はあくまでも「官」の下請けで「公」を担っており、「官」が支配する公共だったのです。
これからは「官」を、市民の意思で動く「市民の政府」にしなくてはなりません(第1回講義)。そして「多様な市民の主体」と「市民の政府」が連携して「市民の公共」を創るのです。

公共的サービスを提供する3つの方法
まず連携の前提として、市民(民間)と政府の役割分担を考えておくことが必要です。公共的なサービスを供給する仕組みは3つあります。
1つ目は、市場での営利活動によるサービス提供で、主な実施主体は企業です。2つ目は、非営利活動によるサービス提供で、NPO、協同組合、町内会など様々な市民セクターが実施主体です。3つ目は、行政の制度・予算によるサービス提供です。地域が必要とするサービスの中には、市場、非営利活動のいずれでも提供しにくいものがあります。この場合は、行政が制度をつくり、予算(税や保険料)を投入し、市民へサービスを提供します。実施は行政直営の場合もありますが、民間に業務委託したり、公共施設の管理を指定管理者に任せたり、PFI(Private Finance Initiative)で行ったりして、企業や市民セクターも実施主体になります。
この3つの間の役割分担と各主体の連携を最適化することが、地域ガバナンスにとって重要な課題です。

2.<市民の多様な主体>と<市民の政府>の連携

次は連携です。連携を「協働」とも言いますが、連携は大きく分けて4つあります。
1つ目は、行政サービスの実施主体を企業やNPO等の民間が担う連携です。業務委託、指定管理者やPFIなどです。この場合、行政サービスである以上、市民に対する最終責任と最終的な決定権は自治体の長にあります。予算は基本的に議会が決めます。この構造の範囲で、企業やNPOに独自の力を発揮してやってもらうという仕組みです。
2つ目は、民間の事業を行政が支援する連携です。例えば、NPOに行政の土地や公共施設のフロアなどを提供し、そこを活動場所としてNPOが自分の事業をやる、といったケースです。この場合、行政は支援する内容に関連して口を出すことはありますが、事業内容や予算は、あくまでもNPOの理事会や総会で自主的に決定します。
3つ目は、民間と行政の共同事業です。イベントなら共催となり、決定権と最終責任は両者で作る実行委員会にあり共有します。また、印刷物を共同発行するならば、所有権も共有することになります。
4つ目は、準市場というものを行政が作って、そこで民間が事業を展開する場合です。典型は介護保険で、事業者は行政が「事業者指定」により決定し、さらにそのサービスを受ける人も行政が「要介護認定」により決定します。こうして行政が作った準市場の中で、事業者は契約によって受け手にサービスを提供します。
これら4つの連携は、それぞれ中身が全く違います。「連携」と言うと、いろいろな関係があることに気付きやすいですが、「協働」と言うと、何か一つの関係であると思いがちです。「協働の指針」などルールを定めている自治体もありますが、4つのうちどの関係かによって中身が全く違うのに、一つの関係であると誤解して「協働はこうあるべき」と言って進めると、市民と行政の関係がめちゃくちゃになります。

「市民と行政の協働」とは何か
「協働」という言葉には功罪がありました。功は、「協働」が、行政に市民と一緒に取り組むことを意識させたことです。一方、罪は、市民と行政の関係をかえって曖昧にしてしまったことです。行政とどういう関係か分からないまま一緒にやると、最後に「だまされた」となるのは市民の側です。結局は行政にとっても大きな損失です。
「協働」という言葉は、もうやめてもいいと思います。「連携」でいいのです。どうしても「協働」を使うなら、4つの中のどの関係なのかを常に明確にする必要があります。私は市長時代、「協働」を理念として使うのはいいが、実際の行動では委託なら委託、支援なら支援、共催なら共催と具体的に言うように指示していました。わざわざ造語を使って分かりにくくする必要はありません。
また、「市民と行政の協働」と言いますが、主権者である市民とその僕(しもべ)である行政が対等な関係というのはおかしい、という批判もあります。実は、行政と協働するのは主権者市民ではありません。主権者市民は行政の上にいて、選挙と直接参加で行政をコントロールします。行政と対等なパートナーシップを組むのはNPO等の「事業者市民」=「市民の多様な主体」です。「事業者市民」が「主権者市民にコントロールされた行政」と連携して「受益者市民」のためにサービスを提供する。これが「協働」の構図です。

「協働」で大事なのは、受益者市民のために連携することです。NPOと行政が互いに都合が良いから連携するのではなく、個別でやるより両者が連携してやったほうが、受益者市民にとって良い結果になるから連携するのです。協働の評価も、受益者市民からしてもらうことが大切で、行政とNPOが互いに褒め合っていても自己満足に過ぎません。

 

3.官から民への視点

3fukusima 3.JPG 「市民の政府」と「市民の多様な主体」が連携して「市民の公共」を作るうえで、市民ができることは、市民に全部返さなければなりません。そもそも、市民ができないことを税金を払って行政にやらせるのです。だから、市民ができることを行政がやっていたら、市民に積極的に戻す必要があります。
ただし、これまで行政が行ってきた民間委託や指定管理者などによるアウトソーシングには大きな問題がありました。コスト削減という行政の都合だけで、行政サービスを民間に移してきたからです。民間のノウハウが活きてコストが削減されるならいいのですが、ほとんどのケースは、民間の給料が行政職員の給料より安いから人件費が下がり削減になっただけです。しかも、次の更新時にはさらに低い予定価格にする。これではサービスの質にもゆがみが出てきますし、非正規雇用が大きな問題となっている中、同一労働・同一賃金の原則を、行政が先頭に立って壊していると言われても仕方ないでしょう。
これからはコストで移すのでなく、質を中心に考えることが大切です。行政がやったほうがサービスの質が良いのか、NPOや企業に任せたほうが質が良いのか、どちらが市民にとって質が良いのかを判断して決定するのです。もちろんコストを無視するという訳ではありません。ただ、コスト削減だけが本音なのに、「コスト削減と質の維持向上」という決まり文句で2つ並べている実態がありますので、あえて質を強調しています。質で移す過程で、費用対効果をきちっと検証することが重要だと思います。

何を市民に移すのか
質を中心に考えたとき、何を民間に移し、何を行政でやるか、行政の中だけでは決められません。民間が、どの仕事・分野にサービスの質を上げるノウハウを持っているかは、民間に聞いてみないと分からないからです。だから、必ず民間と対話しながらでなければ決められないと考えます。
そういう発想で我孫子市は「提案型公共サービス民営化制度」を始めました。これは、市の全ての事務・事業(約1,100)を例外なく対象にして、NPOや企業から、自分のほうが市役所より市民のためにずっと良いサービスを提供できる、という提案を公募する制度です。そして、提案を外部の専門家、サービスの受け手の市民、行政の三者で検討し、本当に市民の利益になるなら民間に移すというものです。私が市長在任中には79の提案があって、36の提案の採用もしくは条件付き採用を決めました。
行政の都合で「行政が出したいもの」を民間に出すのではなく、「民間がやりたいもの」をちゃんと検討のテーブルにのせ、民間に移していく、そういう制度です。

 

4.大きな公共と小さな地方政府

これからの時代、少子高齢化、地球環境、格差貧困、どの問題を考えても、公共は徹底して充実させ、大きくしなくてはならないと考えます。ただ、それに伴って官を大きくできるかというとNOです。財政的にNOというだけでなく、そもそも官が肥大化した社会は、決して住みやすい社会ではないでしょう。地域のサービスは全て行政が提供し、全部を役所が仕切りますという社会に、私自身、住みたいとは思いません。
そうではなく、公共を担う民の主体をもっとみんなで豊かにし、それによって公共を充実させていくのです。そして行政は、この民の主体の活動を下支えする仕事と、公共全体をコーディネートする仕事をしっかりとやる。これがおかしくなると公共全体がおかしくなりますから、行政の役割は非常に大きいです。ただサイズとしては、できるだけ効率的でコンパクトにしていくことが必要です。
これを私は「大きな公共と小さな政府」と言っています。小さな政府と言うと、新自由主義的な小さな政府論が主流ですが、そうではなく、もうひとつの小さな政府論、市民の側からの小さな政府論が求められていると思います。

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関連レポート

2011年度
・ 「『住民自治』と『公を担う民』」 福嶋浩彦 (レポート)
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