2016年度のプログラムが終了しました(更新日:2016年12月21日)

最終成果物「私の政策提言」について

キーワード:

講師:亀井善太郎(東京財団研究員兼政策プロデューサー)
講義日:2011年6月28日(土)
文責:週末学校事務局 冨澤太郎

本講義の目的

wst1-1.JPG 多くの自治体職員にとって、日々の業務をこなすことが目的となり、本当に自身がやりたいこと、やるべきことが見えなくなっているのではないか。「なぜあなたはこの仕事をやっているのか」と聞くと、「前任者に引き継がれたから・・・」、「上司に言われたから、首長のマニフェストだから・・・」と答える人もいる。
しかし、本当にそれで良いのだろうか。週末学校の趣旨は、そもそも行政が取り組んでいる仕事とは何のためかを考えるきっかけとなることである。東京財団は、自らの頭で考え、行動を起こせる人材の育成することで、地域自らがその地域の豊かさについて考え、その実現に向けて当事者である住民と行政職員が具体的に動き出すことを目指している。 
本研修プログラムの最終成果物として、研修生がそれぞれ「私の政策提言」を作成する。本講義では、その作成を始めるにあたり、「私の政策提言」とは何かを学び、作成の準備をする。

講義

●    あなたの地域の「課題」は何だろうか
そもそも「課題」とは何だろうか。「課題」とは解決すべき問題のことだ。解決することによって、”ありたい姿”となるものともいえる。つまり、まず肝心なのは”ありたい姿”がそこになければならない。これまでの講義でも繰り返してきたように、地域の豊かさとは何なのか、地域に暮らす人にとっての幸せとは何か、そうしたことを踏まえ、どんな地域が”ありたい姿”なのかをまず考えておくことが大切だ。
その”ありたい姿”に現状を近づけていくのが「政策」であり、その提言で自分自身がどんな役割を果たすのか、そこまで考えるという意味で「私の政策提言」に意義がある。どのようにして、現状をありたい姿に近づけるか考え、課題を解決する策を提言してほしい。

しばしば、こうした政策提言を考えるときに陥りがちなのが、解決策ばかりを考えることである。決して、正しい方法論を考えたり、思いつくことが重要なのではない。最も大切なのは、そもそも何が「課題」なのかを考えることにある。
また、課題であると思っていたことが、実は課題でないことも多くある。内田和成氏の講義(第1回2日目)を思い出してほしい。課題であると思っていることは、現象に過ぎず、本当の課題を見失っていないか考えた。友人のレストランに対する経営アドバイスというケーススタディにも取り組んだが、地域の課題を考える上でもその思考プロセスは同じである。
問題のインパクトを考えることも重要だ。課題を解決することによる影響が小さいものを対象としても意味は小さい。皆さんが市町村の職員であって地域の住民の税金によってその給与が賄われている以上、自分自身の時間の使い方はよくよく考えなければならない。インパクトを考える上では、いまそこに見える影響ばかりでなく、いまは見えないが将来そうなるかもしれない潜在的な影響を考慮しておくことも重要であろう。
例えば、住民参加が進まないことを課題として挙げる人がいる。たしかに住民は行政に参加すべきであろう。しかし、実際に住民参加が進まないとどのような問題があるのだろうか。具体的には誰がどのように困るのだろうか。そこを明らかにし、しっかり説明できなければ、あなたたちの提言に誰も耳を傾けてくれはしない。
加えて大切なのは、解決できる課題を選ぶことである。解決できない課題では何の意味もない。以下に詳しく説明するが、課題の原因を考え、その解決策の仮説を考えながら、その課題が解決できそうかを見極めることが重要だ。

wst1-2.JPG●    課題の「真因」を探るため、具体的な事実をもとに「なぜ」を5回繰り返す
課題を解決する上では「なぜそうなってしまっているのか」というように課題の理由を考えることが大切だ。課題が見えてきたら「なぜ」を5回繰り返し問うようにしてほしい。なぜそうなのか。それでは、そうなるのはなぜなのか・・・。「なぜ」を何度も繰り返し、掘り下げて考えた結果、課題の本当の原因が見えてくる。それが課題の本当の原因、「真因」だ。
真因を探るうちに、課題だと思っていたことは、実は現象であったことに気が付くこともある。そうであれば、課題が間違っていたことになる。課題の見直しが必要だ。
また、真因が見えてくれば、その真因が解決できるかどうかも見えてくる。解決できない真因ならば、それも課題が間違っていることとなる。

例えば、地元の温泉地域への観光客が減少していることを課題だと仮定してみよう。
確かに地元の温泉旅館がつぶれ、温泉旅館に食材などを納入している地元の農家など一次産業が衰退してしまうという具体的なインパクトもありそうだ。
まず、観光客数が減っている原因を考えてみよう。日本全体で観光客が減っているという仮説もあるが、地域によっては増えている地域もあるので、日本全体の問題では無さそうだ。地元の温泉に魅力がないという仮説を挙げる人もいるが、それでは魅力がないというのはどういうことなのだろうか。魅力がないというのはどういう意味で、それが観光客数にどんな影響を与えるのだろうか。
なぜを繰り返すことは苦しい。なぜを繰り返すのは、ややもすると抽象的な思考になりがちだが、大切なのは、具体的な数字に落とし、事実に向き合うことである。
観光客数の話でいえば、単に来訪客数を見るだけでよいのだろうか。宿泊と日帰りの比率、宿泊ならば滞在日数、加えて、経済的なインパクトを見るならば、観光客の地域でのカネの使い方や活動状況を具体的に見るのも必要かもしれない。そう考えると、実は、本当に考えるべき課題は、単に来訪宿泊客数ではなく、別のことなのかもしれない。
このように、うわべだけの数字を見ていても、理由を考えることはできないし、そもそも、課題の設定を誤ることになる。抽象論を避け、具体的な事実に基づき、考えを深めることが何より重要だ。そのためにも、具体的な事実を集めるプロセスが不可欠なのは言うまでもない。しばしば陥りがちなのは、いま、そこにある数字、つまり役場が持っているだけの数字しか対象にしないことだ。そもそも、数字として把握していないから問題になっている場合も多く、そこに数字がないのであれば、簡易な統計的調査(例えば、自分で歩いてヒアリングしてみる等)でもよいから、数字を集める努力も必要となる。

wst1-4.bmp 課題を解決するためのプロセスをわかりやすく示せば上の図のようになる。
課題ばかりを考えているだけでは、いつまで経っても解決策は見えてこない。また、解決策はじめにありきでは、実のところ、課題はまるっきりわかっておらず、方法論の目的化が始まるばかりだ。
そこで、地域社会へのインパクトが見込める課題がある程度見えてきたら、真因を探るプロセスに入ってみよう。原因を掘り下げることで、その課題の具体性、そして、そもそも、自分自身が持っている問題意識がどういうものなのかも気付くことができる。また、対象となる現実について、自分自身が何を把握できていないのかも明らかになる。
思考を深める意味では、数字や具体的な事実が無いことで思考が止まってしまうことを避けるために仮説を立てることが必要となる。おそらく現実はこういうことであろう、そうであれば理由はこういうことではないだろうか、というプロセスでまずは思考を深め、後に、その仮説が正しいのかどうか、事実を探るというやり方もある。もしも、事実が仮説と違った場合であっても、それは仮説をきちんと考えていれば、どこで間違えたのか、自分自身の思考を遡ることもできるはずだ。

こうして、課題の原因を深め、「真因」を探ることができれば、自ずと課題解決策は見えてくる。つまり、「真因」を無くす等の改善策が「解決策」となる。
「解決策」を考えるときに重要なのは現実性だ。解決策が本当に取り組むことができるものなのか、市区町村の事業として、また、自分自身が取り組む事業として、その方法で実際に解決できるのか考えてほしい。もし、あまりに規模が大きく手におえないならば、見送った方がよい。解決できない課題に取り組んでも意味がないからだ。ただ、解決ができないという場合、大概は、解決方法が間違っているのではなく、そもそも課題の設定が誤っていることが多い。

この「課題」、「真因」、「解決策」を行ったり来たりしながら考えることで、取り組むべき課題とその真因が見えてくる。繰り返しになるが、まずは課題が何かをしっかり考えてほしい。課題が明確でないと、誤った課題に取り組むことになりかねない。また、課題とその真因を突いた解決策に一見思えても、しっかりと真因を考えていないと、表面的に解決できても、本質的な課題解決にはつながらないだろう。

● 「私」が考える課題に対する提言
「私の政策提言」とは、研修生の皆さんがそれぞれの地域において課題だと捉えたことに対する解決策をまとめ、研修終了後に実際にそれに取り組み始めるためのものだ。
地域の課題に対して、ひとつの正しい答えはない。正しい答え探しではなく、まずは何が課題で、何のために仕事をしているのか考えることに意義がある。正しい答えのない問いに考えることは簡単なことではないが、地道に取り組んでほしい。

しばしば、こうした提言に取り組むと出てくるのが「職員の意識が低い」という課題だ。また、課題の真因として同じことを挙げる人も多い。そもそも、意識が低いことは課題なのだろうか。職員の意識向上に研修を行うべきという解決策を言う人もいるが、果たしてそれで本当に意識が変わるのだろうか。人の意識や心に関わることを変えることは容易なことではない上、より多くの職員の意識を変えるとなると、それはさらに難しいことだ。職員の意識は何か具体的なことを取り組んだ結果として現れるものであり、地域が直面している課題やその真因であるとは思えない。また、研修を行うということが何の解決策になるのかも疑問である。そうした考えに至るのは、具体的な事実がわかっていないからだ。思い込みや机上の空論で誤った課題に有効でない解決策を用いて取り組んでも意味がないことを認識してほしい。

「私の政策提言」では「私の」という点がもっとも重要だ。自分が考える課題に対して、自分に何ができるかということを考えてほしい。「政策提言」と聞くと、スケールの大きいことを考える人が多い。「自分が首長だったら、どのような政策をつくるか」ということではないし、首長のマニフェストでもない。また、いま、自治体において課題とされていることを、そのまま鵜呑みにして考えないでほしい。自分の問題意識から、自分の目で見て、自分の足で歩いて地域の課題を見つけ、それに対して公に務める「公務員」として自分は何ができるのかを考えてほしいのだ。
一見形が良くまとまっている体裁の良い提言を書いても意味がない。一職員として自分が取り組めないことを評論家のように語らないでほしい。実際に取り組み始められること、また直ぐに変化が起きなくても、継続して地道に続けることで小さな変化を生み出せることにもつながろう。
単なる一人よがりでも意味がない。まず、すでに上述したように具体的な事実に基づかない「思い込み」は話にならない。加えて、「やりたいからやる」のではなくて、なぜ「やりたい」のか明確に問題意識を持ち、それを伝えねばならない。地域にどのような課題があり、その解決には何が必要なのかを説得力をもって示し、周りを巻き込んで取り組めることであるべきだ。周りの人を巻き込んで、実際に取り組むためにも、論理的に考えすぎてつまらない提言にしないことも大切だ。後藤健市氏の講義(第2回第1日)にもあったように、楽しいこと、面白いことにしか、人はついてこない。周りの人があなたの提言を読んで、共感し、“わくわく”するような提言にしてほしい。

研修生の声

wst1-3.JPG研修生は、取り組むべき課題を見つけることの重要性を学ぶとともにその難しさを痛感したようだ。講義後、研修生からは以下の声があった。

「現象ばかりに気をとられ、課題、真因の追求を怠っていたことに気がついた」
「役所の論理で勝手に事業を作り出してはならないと感じた。豊かさとは何かを真剣に考える自治体職員にならない限り、行政と住民の乖離は埋ま らないと思った」
「講師の問いに明確に答えることができなかった。常日頃から考えていない証しだろう。考えれば考えるほど、霧が濃くなるような気がした」

次回までに、宿題として、それぞれの地域における解決するべき課題とその理由を考えてくる。これまでの講義内容や「地元学」の実践などで学んだことを振り返り、繰り返し問うことで、それぞれが取り組みたい課題が見えてくるだろう。地域をより良くしたいと強く思う研修生がどのような課題を持って集まるのか楽しみである。