2016年度のプログラムが終了しました(更新日:2016年12月21日)

「国土資源保全プロジェクト」に学ぶ課題設定

キーワード:

講師:吉原祥子(東京財団研究員・政策プロデューサー)
講義日:2012年9月29日(土)
文責:冨澤太郎

講義の目的

外資による森林売買の問題は、メディア等で「外資が水源林を買収」という事象面がことさら取り上げられているため、一見、外資と水源地域の課題と捉えられる傾向にある。しかし、根本課題は、「土地・水・森林」の所有・利用のあり方や仕組みが、国土資源を守りつつ経済活動を支えるものになっていないこと、また、土地に関する諸制度が旧態依然のままであり、国土の所有実態を行政が正確に把握しきれない、というところにある。
とくに土地所有者不明化の問題は、国の安全保障のみならず、公共インフラ整備のための効率的な用地買収、地域づくりにおける住民間の合意形成、災害復旧、治安など日常の様々な活動に波及する。固定資産税の納税義務者の不明化にも繋がるだろう。この問題は決して、特定の地域の問題ではなく全ての自治体が今後考えなくてはならない課題といえよう。
本講義では、東京財団政策研究プロジェクトである「国土資源保全プロジェクト」の政策提言を通じて、自らの「私の政策提言」の参考となる「仮説・検証・課題の再設定」という課題設定のプロセスについて学ぶ。具体的には、同プロジェクトを進めるにあたり、講師である吉原研究員が心がけたことや得た気づきなどを聞き、「物事の本質を考えること」、「既存の概念や情報を疑うこと」、そして「現場(地域)の声に耳を傾けること」の重要性について学ぶ。よって、このセッションは提言書の内容そのもの以上に、課題設定を深めていくプロセスに焦点をあてたい。

■講義

●「実態が追えない」――「外資の森林買収」の根底にあった本当の課題
東京財団は2008年から、「外資の森林買収」という事象を契機に「国土資源保全プロジェクト」という研究活動に取り組んできた。きっかけは財団の安田喜憲上席研究員から「ここ数年、地方に調査や講演に行くと『山を維持管理しきれなくなった地元の山主さんが山を手放した』、『東京の不動産会社や外資企業からも購入の打診があった』という話をよく聞くようになった。仮に無秩序な森林売買が進めば、日本の“森と水の循環”が危うくなる。国土資源を守る法整備が必要ではないか」という問題提議があったことだ。まずは実態を調査し、土地、森林、水という国土資源を守るためにどのような政策が必要かを考えるため、このプロジェクトを開始した。
まずは何が課題なのかを明らかにするためにデータを見てみた。1ヘクタール以上の土地売買については、契約成立後2週間以内に市区町村を通じて都道府県知事に届け出ることが国土利用計画法で義務付けられている。それによると、5ヘクタール以上の土地の売買面積は1999年が14,000ヘクタールだったのに対して、2008年は32,000ヘクタール。売買件数は2000年~2002年が年間800件余りだったのに対して、2006年~2008年は年間1,100~1,200件と、増加傾向にあることが確認できた。

次に、具体的な事例を分析するために実際にどのような売買がおこなわれているのか調べ始めた。すると驚くことに、既存の行政情報からだけでは山林売買事例を追うこと自体が非常に難しいということがわかってきた。土地とは本来、公共財であり、売買や所有に関する基礎情報は行政で把握され、ある程度は公開されているものだと思っていたが違った。
外資による森林買収という事象から始まった本プロジェクトであるが、次第に「土地売買の実態を追えない」ということこそが根本課題ではないかと考えるようになった。

●真因はグローバル化という時代の変化に対応していない旧態依然の制度
山林売買の詳細が把握できない理由として、2つのことが考えられる。1つ目は、所有者が山林を手放す場合、背景に個人の経済的問題があることも少なくなく、売買をなるべく秘匿したいと希望する傾向があること。2つ目は、行政情報が整備されていないことだ。時代の変化に土地制度が追いついておらず、行政が土地の売買・所有情報を十分に把握しきれていない。
時代の変化の影響は大きい。グローバル経済の拡大により、土地・森・水といった国土資源が国際的な金融商品として投資対象になるようになった。その一方で、人口減少、高齢化という地域社会の縮小に伴い不在地主が増加し、旧来型の「土地所有者=在村地主=管理者」という図式が成り立ちづらくなってきている。親の代から子ども世代が山林を相続したものの、都市部に在住し山の所在もよく知らない、というケースは珍しくない。あるいは、その土地や地域に縁の薄い企業や人が所有者ということもある。
こうした時代の変化に土地制度が対応できているとはとても言いがたい状況だ。例えば、土地の境界、面積などを確定する「地籍調査」という事業(国土交通省所管)があるが、進捗率は50%に留まっている。調査対象面積の半分は境界や面積が確定していない状況だ。国土利用計画法に基づく売買届出情報も万全ではない。同法は前述のとおり1ヘクタール以上の土地売買について事後届出を義務づけているが、実際の取引現場での認識は低く、届出の捕捉率も不明だ。不動産登記簿の仕組みも旧態依然で名義変更漏れも多くある。
さらに、日本では農地以外は土地の売買規制がなく、利用規制も実態は緩い。他の経済財と同じように、土地をインターネットでも気軽に売買することができるのが現状だ。本来、土地とは国や地域にとって重要な公共財であることを考えると、こうした状況で本当によいのだろうか。

●さらなる課題。土地所有者の不明化。行政コストの増大
こうした行政が土地売買や利用実態を把握しきれていないという課題から、「土地所有者の不明化」というさらなる課題が浮き彫りとなってきた。土地所有実態が分からなくなると「行政コストの増大」という課題が生じると考える。例えば、公共用地取得の際に所有者の所在が不明だと、所在をつきとめ合意を得るまでに時間がかかり、公共事業の着手や進捗に遅れをきたす。農林業における土地の集約化や災害復旧などにおいても、行政コストが増えることが予想される。
また、土地所有者の不明化が進めば、固定資産税の徴税においても問題になるのではないだろうか。総務省の統計によると固定資産税を含む市町村税の徴税率は93%と高い。だが、徴税プロセスの中には「不納欠損処理」という仕組みがある。これは所有者の居所不明などで徴税ができなくなった場合、徴税が無理だとわかった時点での即時欠損処理や5年の時効などによって債権を消滅させる仕組みだ。所有者不明で徴税できない土地を「分母」からはずすことで高い徴税率が保たれている、という可能性はないだろうか。土地所有者の不明化は納税義務者の不明化でもある。土地所有者の不明化が進めば、市町村税収の43%を占める地方財源の重要な柱である固定資産税の税収にも影響が出るのではないか。

●これからの根本課題。自治体職員に求められること
土地の所有者不明化の問題を通じて言えることは、行政基盤、行政精度の見直しが必要ではないかということだ。土地問題だけに限らず、時代の変化に対応しきれていない制度は他にもあるのではないか。自治体職員である皆さんが日々取り組んでいる仕事にかかわる制度も、いまの時代の変化に対応できているかどうかいま一度考えてみてはいかがだろうか。
また、ご自分が担当している業務が役所・役場全体の中でどのような部分を占めているのかも、大きな視点で見直してみることも大切かもしれない。本来取り組まれるべきことが、部門と部門の狭間で漏れていることはないか、放置されていることはないだろうか。
地方分権が進むほど、自治体職員一人一人の気づきや思いがその地域の豊かな暮らしに大きく影響していく。気づく職員がいればいるほどその地域はよくなる。逆に、課題に気付かず前例踏襲で今までどおりにやっていては、見えないところで問題が徐々に大きくなり、顕在化したときには対応しきれないということにもなりかねない。制度の劣化を直視しなかったがために行政が人々の暮らしを守れないという状態になる前に、時代変化に応じて自らの制度を見直していく必要があるのではないだろうか。

グローバル化、高齢化、人口減少という時代変化の中で、これからは土地をどう所有、利用、保全していくかをみんなで考えなくてはならないのだろう。「公」を誰が定義し、誰がどう担うか、ということについて地域で議論し、地域特性に応じた新しいルールを作っていかなくてはならない。
また、どのように潜在的な課題を明らかにして問題を未然に防ぐか、問題が顕在化する前に問題提起をしていくことが求められる。「今までどおり」という枠から外れて物事を見るためにも「地元学」の要素は重要だ。いままで当たり前にあったことをいま一度見直してみると、意外と身近なことで知らなかったということが多くあるだろう。自分の隣の課がどんなことをしているのか、多少は分かっていても、改めて話を聞いてみると新たな気づきや発見があるかもしれない。また、様々な業種の地域住民の方々に意見を聞いてみるなど、多種多様な声を聞くことが大切だと感じる。
地域住民の人たちが、地域の課題に対して「はっ」として、「自分のこと」として当時者意識を持つきっかけとなることは何か考えることも大事だろう。例えば、「地籍調査が50%しか進んでいない」と地域住民の人たちに訴えても、今日明日に自分が困ることでなければ危機感を持つ人は多くない。しかし、「外資の森林買収」という事象に直面すると多くの人が関心や問題意識を持ち始める。
そして、どう協働するかが大切だ。問題意識を共有する仲間を増やし、ともに課題の解決に取り組むことだ。実現不可能な理想論を言っても説得はできない。一方で、「地域の水源地を守ろう」という総論では皆賛成するものの、一歩踏み込んで土地の面積や境界確定という話になると、個人の財産の問題にも関わることから、合意形成が難しくなっていくということもある。どのように問題を提起し、具体的な行動につなげて、解決していくかを考えることが必要だ。
様々な人たちと協働していく上では「情報交換はバーターだ」という姿勢も大事だ。この問題についてマスコミから取材を受けることもあるが、単に情報を伝える便利屋になってはならないと思っている。大事なことは問題意識を共有している人と、お互いがお互いの“応援団”になれるような人間関係を作ることだ。そうした関係は、年齢や職業が違っても長続きする。「(自分が)やってあげる、(相手は)やってもらう」、「(自分が)教えてあげる、(相手は)教えてもらう」という片務的な関係は楽しくないし、長続きしない。それは住民と行政の関係においても同じことが言えるのではないか。地域を知る住民と、制度や政策を実行する行政とが、お互いに“応援団”となるような人間関係を築くことが、よりよい地域の実現につながっていくのではないだろうか。

研修生の声

「外資が日本の水源林を買っている」という事象にとらわれるのではなく、研修生も自分が担当する事業の制度が時代の変化に対応できているのか、自分の仕事は今までどおりでよいのかを改めて考えるきっかけとなった。以下、研修生の声。
   「既存の概念だけで考えずに、事実からなぜと疑い、本来の課題、真因に近づけていくことがとても大事であると思った。」
   「制度は時代をリードしているものと考えていたが、実はそうではないものがあり、制度自体が様々な問題を引き起こしていることに気がついた。」

また、課題の真因を探り、問題意識を共有するプロセスにおいては、現場の声を聞くこと、関係者と丁寧に対話することも重要であることを学んだ。地域の課題を解決するためには、単純な一方的なやり取りではなく、その課題を解決したいという意識や思いを共有し、様々な人が協働することが求められている。これから研修生は本講義での学びをいかして、真の課題を見つけ、多くの人と問題意識を共有し、それぞれの立場において課題の解決に取り組んでいくことだろう。