9月17~19日に熊本県水俣市で国内調査を実施しました(更新日:2016年10月04日)

特別公開シンポジウム「地方にこそ可能性がある」

キーワード:

パネリスト:芹澤勤(長野県小諸市長)、寺谷誠一郎(鳥取県智頭町長)、森貞述(愛知県前高浜市長)、山中光茂(三重県松阪市長) ※五十音順
実施日:2011年5月21日(土)
文責:週末学校事務局 坂野裕子

本講義の目的

Symposium2.JPG 地域リーダーの果たす重要な役割として、地域が直面する課題の解決がある。また課題解決のやり方には様々なプロセスがある。4人の地域リーダーはどのようなプロセスを経て地域の課題に取り組んできたのだろうか。
地域には数多くの様々な課題がある。すべての課題は解決できない。まず解決すべき課題の選択することが重要だ。その選択にあたり、地域リーダーたちはなぜその課題を選んだのだろうか。
課題が決まれば、解決策を進めることになる。そうした施策を進めれば、様々な利害対立も起きてくる。解決策の選択、そして、これに伴う対立をどのように調整したのか。その際、どんなことに留意したのだろうか。
課題解決を進めるのは地域リーダー1人ではできない。誰と共に取り組むのか。また、一緒に解決に臨む職員たちにはどうあって欲しいのか。
そして、地域のありたい姿や真の豊かさなど、地域の問題解決に取り組むベースにある考えとはどんなものなのか。

小諸市長の芹澤氏は、事業仕分けを実施するなど、地域の重要な課題についての問題提起、住民への説明などプロセスを尽くし、行政改革を地道に行っている。開票作業の迅速化など職員の意識改革も行ってきた。
智頭町長の寺谷氏は、住民を巻き込み山村集落を原型保存し観光客を呼び込んだり、公募で集まった住民が事業を企画し予算要求を行政に行う仕組みづくりを行ったりするなど住民の主体性を引き出してきた。
高浜市前市長の森氏は、地域福祉の先駆者として、介護保険制度の活用を積極的に行い「福祉でまちづくり」を実践した。そして福祉を1つの産業と捉え地域内で人や経済が循環する仕組みを創り出した。
松阪市長の山中氏は、役所前の借金時計の設置、東日本大震災の被災者を受け入れるためのハウスドナー制度の実施など独自の施策を打ち出している。また重要案件は議会にかける前に市民意見を聴衆している。

地域リーダーは地域の課題に向き合い、どんなことを考え、何をどう判断し、行動してきたのか。そして共に汗をかく職員にはどのようなことを望むのか。立場の違いを越えて、研修生も自分自身の問題として共に考えてほしい。

講義

【Ⅰ部講演】
● 寺谷誠一郎(鳥取県智頭町長)
teratani2.JPG 鳥取県智頭町は、人口およそ7700人。町の93%が森、2%が田畑の地域である。平成の大合併の際、住民投票で鳥取市との合併賛成票がわずかに上回り、私は町長を辞めた。しかし賛成票はわずかにしか上回っていないと、議会は合併しないことを選択した。私は町長を辞めてから国交省の「観光カリスマ」となり全国各地を講演して回った。全国を回る中で「自治体にカネがなく何にもできない」と言う首長に多く会ったが、自分で考えず他人任せでは地域が伸びる可能性はないと感じていた。そのような活動をしていたところ地域の若者に担ぎ出されて再び町長に就くことになった。
私は再選後職員に、「なぜここに役場があり、町長がいて、職員がいるのか」と問いかけた。答えは「町民がいるから」である。私たちは町民がいるから存在し働くのであり、自分を優先することは許されない。
私には知恵はないが、なければ地域の人たちに借りればいい。私は100人委員会をつくり教育、環境、福祉、農業など各分野に関心ある町民を集め討議をしてもらった。そこで出たアイディアで、私がよいと思ったものには予算をつける。この仕組みについては議会の反発もあったが最終的には同意させた。
私は、智頭町のまちづくりの方向性として「緑の風が吹く疎開のまち智頭」というフレーズ掲げた。地域がどのような方向に向かおうとしているのか、職員も町民にも知ってもらう必要がある。「疎開」には、政治が混乱し、親が子どもを殺すようなストレス社会の日本で、1か所だけでも逃避し、深呼吸できる場所があってよいという思いを込めた。また、林業、農業のまちづくりをやるとも宣言した。
100人委員会のメンバーであった東京から智頭町に嫁に来た女性は、“救いの神”となった。その女性が「緑豊かな場所で子どもを育てられるのは最高」だと言い、山で子どもを自由に遊ばせる活動を始めた。この活動には大阪、京都から問い合わせが殺到し、ついには智頭町に住み着いて教育をしたいという人も8人現れた。森を使った森の幼稚園だ。子どもが森に行くと高齢者も、森に関心を寄せるようになった。
私は老人クラブで高齢者に対して、「日本や智頭町を救えるのはあなたたちだ」と語った。その上で「あなたたちは枯れ木。私が火を付けたマッチをあなたたちに投げれば、たちまち燃え上がる。しかし、私がマッチで生木に火をつけようとしてもなかなかつかない。枯れ木は燃えても持続性はないから、なるべく早くその火を生木にうつしてほしい。生木が燃えると大きなエネルギーが生まれこの町は救われる」と語った。すると高齢者たちは、子どもが森で安心して遊ぶことができるようマムシを捕まえたり、橋をかけてくれたりそれぞれが考える地域のための活動をするようになった。
私は高齢者の力を農業に活かすことができると考えた。テーマは「疎開」。高齢者に質のよい農産物を生産してもらい全国からお金を集める「疎開保険」を考えた。智頭町に掛け金1万円出して、地震などで被災したら1泊3食付きで7日分の宿泊所を提供する。何もなければ高齢者が丹精込めて育てた農産物を送るというものだ。1万人から1万円を集めれば1億円となる。70歳以上の高齢者も、体育館に集まって農産物の発送作業をすることは十分できる。1億のうち3000万円は発送作業をする高齢者に渡そうと考えている。残りの7000万円は高齢者が作った良質の野菜を高い値段で買い取る。土は2年前から改良した。しかし、「保険」という言葉がよくないと金融庁から意見があり、3年以下の懲役、300万円以下の罰金が科される可能性があると言われた。しかし財務省は「やれ」、マスコミからも「捕まってもやれ」という意見があり実施するつもりだ。東日本大震災が起きたことから今は中断している。
地域は自分たちで守らなければならない。智頭町は少子化で来年度から6校あった小学校が1校になる。そこで5つの地域が廃校となった校舎の利用方法についてアイディアを競争する。いいアイディアには予算を出すのだ。地域住民の情熱がなければどんな取り組みも意味がない。そのためよいアイディアのない地域には予算はつけない。住民は何でも町がやってくれるというお任せ体質ではだめだ。
これからのリーダーは多少荒っぽいことをしても腹をくくったリーダーでなければもたない、選挙を気にするリーダーや「カネがない」と言うリーダーはいらない。

serizawa1.JPG芹澤勤(長野県小諸市長)
活火山浅間山の南のふもと、人口4万5000人の市。現在首長2期目の最後の年である。
本日は、事業仕分けと開票作業の迅速化についてとりわけ「職員の意識改革」の観点から述べる。
小諸市の事業仕分けの1つのポイントは仕分け人は市民の中から選んだことである。500人の市民から30人に手を挙げてもらった。小諸市には常設型の住民投票条例で、対象者を16歳以上の住民としていることから仕分け人も16歳以上である。どの事業を取りあげるかについては、予算に関わる断ち切ることが難しかった長年のしがらみのある事業を改めて市民目線で考えてもらおうと選定した。私が事業仕分けを通して目指したのは、予算削減や事業の見直しだけでなく、職員の意識改革と職員のプレゼン能力の向上である。予算の編成作業における「前例踏襲」や財政難を理由とした「一律削減」をするのではなく、関わる職員がまず事業そのものについて目的を考える必要があると考えたからだ。仕分け人の質問に答えるには職員自身が自分の頭で考え判断し、言葉にしなければ理解されない。加えて日頃発表する機会が少ない職員にとってはプレゼンテーション能力の向上も期待できる。
開票作業の迅速化は、私も自ら先進事例を学びに行ってどう作業を効率的に行うかを考えた。具体的には、開票事務の机の高さをウレタンマットで高くし作業しやすくしたり、運動靴をはいて動きやすくしたりした。また、立会人が押すハンコをシャチハタに換えることで、押印の時間を短縮したほか、判定人に弁護士を加えることで、疑問票の判定に納得しやすい環境をつくった。
結果、小諸市の取り組みが朝日新聞の天声人語に取りあげて、市民が職員のがんばりを評価してくれるようになった。そのことは職員の自信につながり好循環を生み出したと考えている。職員の意識改革の意味では、選挙事務は多くの職員が集まって1つの作業を行うため、多くの職員が1つの目標に向かって検討し、協力しなければならない。首長が「これまでの半分の開票時間にする」などわかりやすい目標を掲げることもできる。このように1つの目標達成のため多くの職員がそろって行う業務は通常の仕事の中ではほとんどない。そのため職員同士が一丸となって努力をするという経験を重ねることは、職員の意欲や連帯感につながったと考えている。

山中光茂(三重県松阪市長)
yamanaka1.JPG 市長になってまだ2年半。市長がトップダウンで改革をするということは意味がないと考える。経済が低迷し、医療福祉費が増える中で、今ある市民の当たり前の幸せを守るために変わらなければならないのであり、大事なのは暮らしに寄り添うこと、現場の市民の幸せである。改革といって無理な変化を起こしていく必要はない。
私自身がずっと考えてきたのが、地球の裏側の問題について想像力をもちながら行動をすること。アフリカで1年間医療活動もした。目の前で痛みを抱えている人がいれば私たちは優しくできるが、見えない人に対して痛みを想像してどうアプローチをしていくかが大事だ。ただ理念だけではなく、制度的として具現化できるかが自分の課題。
2年半前、自民、民主などすべての組織が応援する現職の市長に勝った。市民が今のままではだめなので、変えていこう動きがあった。市民自らが自らの責任と役割をもってやっていこうという思いを感じた。
就任後、職員には自分のマニフェストは気にしなくていい、現場での優先順位を考えてほしいと伝えた。市長の理念より、17万人が生きている現実に対して何ができるかをみんなで考え、そこから市長の役割、職員の役割、そして市民の役割と責任を考えるべきだ。
就任後、駅前再開発、庁舎の建て替え、風車の設置、保育園の民営化などすでに進んでいる事業があったが、市民と行政で事業の必要性、やり方を一緒に考えることにした。それまで行政での決定事項を議会に説明し、市民に説明をするという「説明会方式」だったのを、「意見聴取会方式」にした。これは、事業決定の前に行政が持っているおおまかな計画の情報と選択肢を市民に示し、公開の場で議論をする「シンポジウムシステム」だ。就任1年目はコミュニティバス事業についてなど、毎週のようにシンポジウムを実施した。市民同士が議論をする場をつくり、市民にも決断をする責任と役割を担ってもらう。そして住民にも様々な意見から結論としてまとめる作業の難しさを知ってもらう。結局、市の庁舎の建て替え、風車事業はやめることになった。私も矢面に立ち市民とともに意見交換をした。議員からは議会軽視だと言われるが、二元代表制なので議会も別に市民から意見を聴取する会を開いて欲しい。
住民協議会も取り組んでいる。松阪市では、平成24年4月までに43ある小学校区で住民協議会を作ってもらい、地域に出ていた補助金を統合して交付金にする。火葬場の管理など個別の役割がある地域はその分を加算金とすることにした。地域の福祉委員や子どもも出席する総会もある。地域計画をつくりお金を自分たちの責任で使い自分たちの未来を描く。私は市民を甘やかさない。財政が厳しい中で市民にも汗を流してもらう。そして「元気で長生きしてぽっくりいく」まで働いてもらう。住民協議会という制度をつくることで住民の力を行政職員が最大限引き出せるようにする。制度設計を細やかに行うことが、市民とともに松阪市が当たり前の住民の幸せを守っていくことにつながる。

mori1.JPG森貞述(愛知県前高浜市長)
高浜市は、日本の屋根瓦65%のシェアを誇っている。第2次産業従事者の割合が大きく、高浜市のある西三河地域は自動車産業が集積している。
私が地方都市でこれから求められるものを考えたところ、高齢化社会への対応だと考えた。そして高齢化社会というターゲットに、人・モノ・カネを集中させた。まず高齢社会を担う人材を地域にどう作り出していくか考え、学校法人と連携をし、介護福祉士と作業療法士の専門学校を誘致したり、県立の高等学校の家庭科を福祉課に変えたりした。戦前は、船乗りを養成する学校があり、戦後は高等技術専門学校がつくられた。これまでも時代が求める人材をどう育てていくかで、まちの生きる方向がつくられてきた。高浜市には商業とは違う人のにぎわい、これからの時代に優位なにぎわいが必要である。
介護保険制度がスタートした時、各自治体はそれぞれ介護保険制度の「保険者」として作らなければならなかった。介護保険計画では、高齢社会を見据えて、短時間の間に特別養護老人ホームやグループホームをつくり、保険料に見合うサービスが提供できる制度をつくる。スタートする前には「保険あって介護なし」と言われたが、そうならないよう自治体が責任をもって進めなければならなかった。
その後自治体に作成が求められた地域福祉計画は、半数の自治体でしか作られていない。
地域福祉計画は、行政が地域住民と対話をしながら自分たちの地域社会のありようを見つめ、どのようなものが求められるか、考えて組み立てるものだ。住民は自分たちの課題を発掘して、職員はその解決に向けた取り組みを支える。私の印象に残っていることに、地域福祉計画の中間報告で、担当の職員ではなく計画づくりに関わった住民が表に出て説明をした。職員は裏方に徹していた。職員はこの経験を通じて、これまでわかっているつもりだった地域の姿が「ようやく見えた」と言い、住民は、「自分たちが考えていけばいろんなことができる」と、自分たちで問題解決の定義をし、そこに汗を流すことで地域が変わっていくことを実感できたようだった。
平成15年16年にかけて高浜市で構造改革推進検討委員会をつくり、これからは自立、自律可能な自治体を目指すことになった。市内5つの小学校区で地域協議会を立ち上げ、住民は自分たちの地域の目指す姿を描き、それに向けて自分たちがやること企画をし、審査を経て交付金を受け取る仕組みをつくった。5つの地域ごとに作った地域計画はその実現を担保するために総合計画に盛り込んだ。このような仕組みの中で住民と行政の思いが連動をしたまちづくりを進めてきた。
市町村は住民の声を直接聞く現場を持っており、その声をどう拾い上げ政策に反映させるかが問われている。そのため職員は、住民と対話をする「人間力」、政策に反映させる「職員力」が問われている。

 

【Ⅱ部パネルディスカッション】
4人の講師による講演の後、東京財団研究員兼政策プロデューサーの亀井がモデレーターとして加わった。そして各地域リーダーが壁をどのように乗り越えてきたか、また地域の現場に求められる人材について議論を深めた。

Q.首長をやってきてこれまで一番大変だったことは。
panel1.JPG山中: 困った、大変だったということはないが汗はかいてきた。就任して半年が過ぎたころに地域の自治会長たちに、お金の使い道の優先順位を自分たちで決めて、その責任を自分たちだけでなく地域の様々な主体とも共有する「住民協議会」の枠組みを伝えたら、行政の責任転換だと大反対をされた。ただ半年間、私も週3回地域に入り、加えて職員も週末も含めて毎日のように地域に赴いた。そして今の財政の厳しさやこれからのまちづくりでは市民の責任が重要だと話すうちに、自治会長も自分たちの責任と役割を認識してくれ、最終的には一番反対していた自治会連合会が、住民協議会全地域設立を目標にしてくれた。全地域で自治会長自らが役員を誰にするか探したり、地域の組織に働きかけてくれた。

芹澤: 大変だったという思いはあまりない。思う通りにやってきた。議会とは対立しているが、議会に否決されても議会の責任でやってもらえばいいと開き直っている。よく言われることだが、次の選挙を考えるのが「政治屋」で次の世代のことを考えるのが「政治家」。

森: 退任する最後の期のときに、研修医制度が始まり医師の確保や病院の存続の時に岐路に立たされた。市民の要望で設置された病院だったが、医師の確保が難しくなり診療科が減った。そこで私は高齢社会が続くのだから、高い医療をする病院とそうではない病院と役割分担をしていこうと考えた。連携できる病院を探し、急性期はできなくても亜急性期、慢性期の患者を診察できるようにして昨年の4月からスタートしている。病院や学校は地域の人の思いがとても強いものだ。始まったばかりで今は行く末を見守っている。

寺谷: 議会に困っている。議員にまちのありかたについての考え方がなく要望ばかりをする。ただ東京財団の中尾研究員の講演を町議会議員が聞いてから、議会終了後に報告会を開くようになり、多少はよくなったと思う。
亀井:皆さん楽天家。そして対話を大切している。議会が本来の役割を果たしていないという認識もわかる。何よりも今の時代はどういう時代かを見据え地域の姿を考えている。

panel2.JPGQ.首長と一緒に物事に取り組む職員にどのようなことを求めているのか。
寺谷: 初めて町長になった時、幹部を集めて自分のアイディアについて意見を求めた。ところが、職員は失敗を恐れて奇抜な私の意見には賛同しない。そのため私は戦略を変えた。職員たちに「あなたたちは住民との隔たりがありすぎる。町民からは高い給料をもらって給料泥棒と呼ばれているが、そう言われたら怒れ。私が最後尻拭いをしてやるので町民を恐れるな、大ゲンカしろ」と言った。職員のけんか相手から苦情がきた時には、「職員は悪くない」と言い返した。また、いいことがあった場合には朝礼で皆の前で発表する。首長を信頼してもらうとみんな結構がんばるし自信も持つ。また、県の部長に智頭町の朝礼に参加してもらう手配を課長にやらせるようにした。田舎なので、県の部長は雲の上の人というイメージだったが、会ってみると気さくな人たちで、仲良くなると県の施策に対して要望や意見を簡単に言えるようになっている。

森: 職員には出席した会議で積極的に発言をしてほしい。発言をしなければ、そのことを認めたことになる。市、町を代表して出ていく場合には、自分の考え方、首長の考え方をきちんと伝えることはこれからますます求められる。

芹澤: 地域にどんどん出ていってほしい。地域の生の声を自分の仕事に活かしたり、市長に伝えたりするほか、市の方針を地域に入って伝えてほしい。小諸市は68の区に地区担当制度を設け、職員1人を配置した。そしてその地域に住んでいる職員とともに、地域に入り、地域住民の悩みを吸い上げている。これらの取り組みを通じていい職員が育っている。市の広報は読んでもらえない。

山中: 職員には「法律、条例、規則、要綱のあるなしを理由にしない」ことをルールにしている。補助金要綱があるからできないと言えば、要綱を変えればよい、法律があるからと言えば、国に言えばよいということになる。まずは現場で何が必要かを考えることが重要だ。法律や条例や要綱などは作った背景や意味、それにより保たれる公平性がある。ただ現場でどうしても必要なら副市長や市長にまであげてほしいし、現場で本当に法律が条例を変える必要があるのかを考えてほしい。「財源がないから、予算がないから、持続可能性があるから」という言葉は、簡単に説明しているようで、実際には何も説明していない。優先順位が低いからやらない、借金をしてまでやる必要はないと言うべきだ。徹底した説明責任と優先順位を明確にすることで、優先順位を市民や議会、職員の中でも共有し、思考停止にならないことが重要だ。

亀井: 役所の外で住民と対話をすればこれまでの説明では通用しないことも実感する。役所の中でできない理由を考えるのではなく、外で住民と一緒に考えてこいという話だった。

Q.「うちの首長はだめだ」と言ってできないことをリーダーのせいにすることはどう思うか。
山中: 逆に私は首長のせいにしてほしい。就任当初、情報が副市長で止まっていることがあった。「ここで止めれば私たちの責任になるから」と言うが、失敗は行政全員で負うもので、誰が責任を負うとかではない。失敗回避型の職員にはなって欲しくないので、市長のせいにしてほしい。何かを隠そうとして報告が遅れたときには怒る。

亀井: 飲み屋の愚痴ではなく、首長のせいにするにはきちんと考え抜いた上で首長のせいにするということ。住民自身が考え、行動しなければならないという話が出ている。

Q.住民の責任を明らかにするために何をしなければならないのか。「そうは言っても住民の皆さんが付いてこない」という職員も多いが。
panel3.JPG芹澤: 住民に意見を求めても、返事が返ってこないことがある。住民から意見を取りあげて集約する方法と、ある程度1つの具体案を出して、具体案を基に住民に議論をしてもらい考えてもらうという2つの方法があると思う。山中さんは比較的前者のようだが、私は後者だ。こちらの案を投げかけて住民に修正をしてもらうという方法をとってきた。最終的に決まる前の「原原案」を市民に示す。

森: 住民は「役所の下請けをおれたちにやらせるのか」という反発が必ずある。その解決として、役所の人事で担当者を3年間異動させないというのがある。住民と職員の議論が積み上げられ政策に反映されるというプロセスがなければ住民も発言や参加しようと思えない。じっくり付き合うことで職員も地域の思いを肌で感じ、住民も意見を聞く人がいるということがわかる。この提案は住民からあがってきたものだ。自分たちの問題としてまちづくりに参加する住民が育つにはこういう環境づくりも大切だ。

寺谷: 住民の役割については、智頭町は自分の集落は自分たちで守りなさいという「日本0分の1運動」を実施した。10年かけて自分たちの集落を自分たちの思うようにしてくださいと言い、補助をした。当初爺さんしか集まらず地域の長が言うことにそうだなあと頷いているだけ。しかしお母さんたちが出てくると状況が変わってきた。高齢者が若者に任せようとなった。おととしから「0分の1運動」が進化して、さらに範囲を拡大した地区で物事を考えることになった。5つの小学校区が廃校をどう利用するか競争する。マンションにしたらどうか、福祉施設として活用し福祉はうちの地域で請け負おうなど活発な意見が出ているようだ。夏にはどんなアイディアが出たかヒアリングを行う。単独で生きるまちの方向性を示すことになるのではないか。

山中: 行政の下請けに住民をつかうのかという反発には、職員が住民と一緒に汗をかくとともに、行政内部の改革も進めることで、行政も汗と血を流していることが伝わらなければ理解されない。また毎週やっている住民から意見を聞くシンポジウムには200人から300人と結構集まる。批判も受けて議論をしながら、行政と住民が最終判断の前に意見交換をすることが重要だ。

panel4.JPG会場: 新しい地域協議会と既存の自治会の関係をどうしたのか。既存の自治体の反発が考えられる。
山中: 私たちはまず地域協議会の準備会を作って欲しいと要望した。「地域の人たちが集まって議論することが必ず地域のためになる、地域の未来を考えて議論をするのが目的で協議会をつくることが目的ではない」と話してきた。

森: 行政は早く話を進めようとするが、議論を徹底的にすることが重要で、1年から1年半かけるべき。議論を行う住民のエネルギーを維持されるように行政は住民を支える。

Q.最後に、今の時代はどのような時代か。これからの時代はどのようなものか。その可能性をどう考えるか。
山中: 市民分権の時代だ。市民が役割と責任を果たすことがこの国をつくる。

芹澤: 次の世代は厳しい時代がくる。若い人は耐える、我慢するのが苦手で悲観的。教育を充実させる必要がある。たくましい子どもを育てなければいけない。

森: 富の分配が中心のお与え民主主義に慣れてしまった。分配の論理では大きくなることがよいことだったが、もはやそうではない。住民が自分の地域で足元を見つめたとき、もう一度地域のことは地域のことでやっていけると思う時代が来ると思う。

寺谷: 3年前から疎開をテーマにまちづくりをしてきた。コンセプトは「お待たせしました、いよいよ田舎の出番です」。地方は田舎にコンプレックスを持ちすぎている。やめよう。東京だけが日本じゃない。地方にも歴史、文化すばらしいものがある。平成の大合併は何だったんだと言いたい。大きくしすぎて良いところがなくなったのではないか。地方にはきれいな空気、水を作ってくれる森、川がある。「ちっちゃいまちだけど生きてるぞ」という気持ちで胸を張って町民とともにがんばろうと思う。

亀井: 週末学校は、ないものねだりでなくありもの探しをしよう、できない理由を考えるのではなくできる方法を考えようというのが基本である。

【研修生と講師との議論】
シンポジウム終了後、場所を移し4人の地域リーダーと研修生で意見交換を行った。

discussion1.JPG研修生: 職員の意識改革が大事だと言うが具体的にはどのようなことをしたのか。
山中: 首長が職員に意識改革を訴えるより、職員同士で意識改革について議論する方が変わる可能性は大きい。意識改革のために、自分は何ができるのか、周りの職員に働きかけることができているかをまず考えるべきだ。

研修生: 職員の人事は3年ぐらいで交代してしまう。私は専門的な職員として長年同じ業務に携わりたいと思うが、職員の育成についてどう考えているか。
森: 法律が頻繁に変わる中、3年ごとに担当が変わっていては対応できない。各職員が自分の専門としたいことを表明し専門的な知識を蓄積していく必要がある。

研修生: 開票作業の迅速化だけでなく、私は投票時間を短縮して事務作業の効率化やコスト削減の点から考えるべきだと思うがどうか。
芹澤: 難しい問題。最も法律による縛りや横並び意識が出てくる分野。

亀井: 住民の権利をどう確保するかという問題もある。それも含めて住民と対話がまさに求められる。また後日突っ込んだ議論が必要だ。

研修生: 政策判断にはスピードが求められると考える。住民との対話をすると遅くなるのではないか。
山中: 具体的にどの問題でスピードが求められるのか事柄ごとに考える必要がある。これまでの経験から考えると審議会の答申を受けて実行する従来のプロセスは形式的に進めているが、本当に早いのか疑問だ。最終的に住民の反対が起これば結果的に遅くなる。一見時間がかかるように見えても住民に理解されて進むことで結果的に時間がかからない場合もある。事例ごとに考える必要がある。

森: 総務省は、住民の負担を伴うような大規模施設の建設については住民投票を実施するという考えを出している。政策決定のスピード重視する場合、住民投票の実施と言うこともこれからは選択肢の1つになるのではないか。

寺谷: 選挙で選ばれたのだから首長は自信を持って政策判断する場合もある。

discussion2.JPG研修生: 毎日の生活を送る中で時間がないといって住民の参加が得られにくい。地域協議会などに対する住民参加をどう促すのか。
山中: 地域の代表者など住民にあなたが参加者を探しなさいと伝える。そのほか、地域のPTAや中学校の同窓会などを手掛かりにきめ細やかに呼び掛けを行う。また私が地域に細かく足を運び話すこともやっている。

研修生: 地域について考えた結果、仲間と新しい首長を担ぎ出すことになったが、わずかの差で落選した。職員が政治活動をすることについてどう考えるか。
山中: 松阪市の職員組合や幹部含めて対立候補を応援したが、私は報復人事はせずにとどまってもらった。選挙で誰を応援したかというより、地域をどうしていくかということについて首長としっかり議論をして、首長を説得する論理をあなたが持っていればいいだけだ。

芹澤: 自分の強い分野を持つこと。出る杭は打たれるが出すぎれば打たれることはない。

亀井: 本日はありがとうございました。今後とも週末学校の名誉教授として引き続きご指導いただけるとありがたい。

関連レポート

2011年度
・ 特別公開シンポジウム「地方にこそ可能性がある」 (動画)