2016年度のプログラムが終了しました(更新日:2016年12月21日)

特別公開シンポジウム 「私たちはここから日本を変えたい~首長達と語る地域に最適な行政~」

キーワード:

パネリスト: 伊澤史夫(千葉県白井市長)、片山健也(北海道ニセコ町長)、 中山弘子(東京都新宿区長)、松島貞治(長野県泰阜村村長) ※五十音順  
モデレーター:亀井善太郎(東京財団研究員・政策プロデューサー)
日時: 2012年5月19日(土) 13:30~17:00
文責:週末学校事務局 石川絵里子

本講義の目的

日本の自治体数は、現在約1,750。そのひとつとして、人口構成、財政規模、自然・風土、文化等、どの側面から見ても同一の自治体は存在しない。豊かな多様性の一方、国による画一的なコントロール(法令、通達等)を受け、自治体・地域運営は金太郎飴のように特色がなくなってしまったと言われて久しい。しかし、各地域に暮らす住民の顔は、それぞれ全く異なる。住民の顔を思い浮かべ、彼らの声に耳を傾け、彼らの生活に寄り添おうとすれば、自ずと自治体・地域経営の方法は異なってくるはずだ。
本セッションで講師を務める4名の首長が担う自治体は、その性質・特徴を全く異にする。都市圏のベッドタウンである千葉ニュータウンを抱え、人口増加率全国7位の千葉県白井市。東南アジアや豪州からの投資が拡大し、多数の観光客を受け入れる国際リゾート地、北海道ニセコ町。わずか18平方キロメートルの面積に人口約20万人を抱え、日本有数の繁華街と高層ビル街を有する大都市、東京都新宿区。村の86%を山林が占める中山間地に位置し、人口約1,900人、高齢化率38%を超える長野県泰阜村。
この違いを見ただけでも、住民のニーズや課題の所在、その優先順位が異なることは容易に想像がつく。4名の首長は、横並びの解決策を国に求めるのではなく、「住民目線」で自治体・地域を捉え、金太郎飴ではない独自の課題設定をし、テイラーメイドで課題に取り組んできた。
では、彼らは、自治体・地域の特色や住民のニーズをどのように把握し、どのような軸に基づいて優先順位付けをし、課題を選択したのだろうか。また、実際に課題に取り組むにあたって、必要なこととは何だろうか。4名の首長の取り組みを聞きながら、では、あなたの自治体ではどうか、あなたは地域のリーダーとして、特色ある行政運営・地域づくりを進めるために何を求められているのか、自身の自治体・地域やそこに暮らす住民を思い浮かべながら、立場の違いを超えて考えてほしい。

講義

【各パネリストの講演】

●伊澤 史夫(千葉県白井市長)
白井市は、東京~成田のちょうど中間地点に位置する、農業が基幹産業のまち。今から約30数年前の昭和54年、日本三大ニュータウンである千葉ニュータウンへの入居が開始された。当時の白井(白井町)は1万3千人の小さな町だったが、その後毎年5千人が入居するようになり、昭和55年には人口急増率が日本一となった。そして、3年程度でまちの人口は入居開始当初と比較して倍になり、現在6万2千人になっている。
現在、日本では、少子高齢化と人口減が進んでいるが、白井市では、人口急増の第2の波が訪れており、昨年の国勢調査における人口伸び率は13.8%と千葉県内トップ、全国では第6位であった。また、全国と同様に人口の高齢化が進む一方、市内の一部の地域では子どもの数が増えている。人口減および高齢化の進む過疎の地域もあれば、人口が増え若い世代が住む地域もあるというように、日本の縮図のような状態が起きている。したがって、これからの行政運営には、このような地域の特性や人口構成を考慮していかなければならないと考えている。
私は、研修生の皆さんと同様、昨年5月まで33年間、市の職員として勤務してきた。この間、千葉ニュータウンの開発により、北総鉄道という線路が地域に通ったが、これがまさに現在白井市の政治課題になっている。千葉ニュータウン(白井町を含む一市二町二村)の計画人口は、当初34万人であったが、その後の経済社会情勢の変化により、現在では14万4千人(うち白井市は3万8千人)に縮小、実質はそれに満たない9万人の入居に留まってしまっている。これに伴い、鉄道運賃がどうしても高くなってしまうという問題が、白井市と隣の印西市で発生した。昨年、白井市では、運賃への助成金を公費負担するかどうかという議論で市が2つに割れた。前市長は補助金を支出する予算案を専決処分で決定したが、最終的に議会から不信任され、選挙で私が当選するという結果となった。この鉄道運賃問題がまさに、現在の市の1つの大きな政治課題であると考えている。
先ほど、地域によってかなり特性があると申し上げたが、職員時代、役所に直接来た市民から寄せられたニーズと、選挙の際、個々に地域を回っていくときに感じる市民のニーズが違うということに、選挙の際に気付いた。そこで、市民のニーズを地域毎に取り入れていくために、市内を6つの地域に分けてタウンミーティングを実施している。このタウンミーティングを通じて、現場で市民の声を聞き、現場に合ったまちづくりをスピーディーに行っていく、ということを心がけて仕事をしている。

 

●片山 健也(北海道ニセコ町長)
ニセコ町では平成6年に、逢坂誠二氏が一係長という立場から首長となった。これは小さな田舎にとっては劇的なことで、地縁・血縁なし、政策だけで勝てるわけがないと言われたが、126票差で現職2期目の最有力候補を破り、35歳の町長が就任することとなった。私より7つ年下であった。
彼が一貫して言ったのは「情報共有」ということであった。現在となってはこの情報「共有」という言葉は市民権を得ているが、18年前の当時では、財産法で使われる用語だという学者もいたくらいであり、伝わりにくいものであった。私達が言っている「情報共有」とは、住民と行政が同じ質と量の情報を持って意見を交わすというもの。対等な情報量がなければ、行政は比較優位性を担保しているということになる。これまでの行政は、たくさんの情報を持って、何かあれば小出しにして、いつも自分を優位に置いて議論を進め、何かを誘導してきた。そんなことで、本当の住民自治などできるわけがない。
ニセコ町では、管理職会議を含め内部の会議も公開し、徹底した情報共有を進めてきた。するとある方が、管理職会議まで公開したら本音の議論ができなくなるではないか、と言ってきた。私達行政は、住民の皆さんから税を預かり、公共課題を解決するのが役割。その公共課題を解決する場が非公開とは、どういうことか。主権者は住民であって、全て公開して何の問題があるのか。管理職会議はずっと公開してきているが、何一つ問題はない。
一例として、平成13年にゴミの最終処分場を建設することになったが、ダイオキシン対策特別措置法のもと、かなり厳しい基準のもとで作らなければならなくなった。ここで一番重要なのは、皆が嫌がる施設をどこにどうやって作るのか、つまり「忌避政策」をどうやって進めるのかということであった。当時の逢坂町長が指示したのは、徹底した白紙からの情報共有のもとで進めてくれということであった。これに対して、白紙から全部オープンにして何が決まるのか、議論が紛糾して落とし所がなくなるじゃないか、という意見が出された。特に管理職は大反対で、中には、住民はエゴの塊であり、好き勝手なことを言われて一体誰が責任をとるのか、という人もいた。
しかし、本当にそうなのか。実際に本件以外でも、白紙からの議論をたくさんやってきた。住民とのやり取りの中で、どんな議論の際にも必ず最後に出る結論は、“子どもたちに借金を残すな”ということである。施設であれば、動線はどうなる、その管理運営はどうなる、ということまで住民と議論をする。結果、例えば、住民の皆さんが株式会社を作って温泉センターを運営したり、お母さん方70人が図書館の管理運営をしたりするようになった。最初から行政職員は1人も置いていないので、自由に賑やかな活動を様々に展開している。ここに行政職員が1人でもいたとしたら、これは許可を得なければならない、これは前例がない、などと言って、住民のダイナミズムが生まれてこなかったのではないかと思う。
ゴミの最終処分場については、どこに作るのか・どのような施設にするのかということはもちろん、タイムスケジュールについても住民と議論した。民主主義なので、議論は必ず行きつ戻りつし、揺り戻しの議論ももちろん多々あった。その場合、例えば、環境影響評価を実施するには1年かかるので、ここまでであれば議論を戻すことができるというスケジュールも共有しながら、議論・作業を進めていった。当然、かなり激しい反対運動も起こったが、とにかく徹底して情報共有を行った。これについては、情報共有なんかするからここまで紛糾するんじゃないか、公開は自分たちの首を絞めるだけだ、という意見も役所内ではあった。しかし、反対派住民の方々は、最終的には、納得はできないがやむを得ないという形で了解してくださり、反対運動を収束させ、現在、このメンバーがニセコ町の環境を考える大きな力になっている。当時は7%のリサイクル率であったが、これが現在では70%まで向上している。これはまさに住民の力だと思う。
最近、ポピュリズムなどという議論もあるが、信じられない話だ。住民の皆さんは、地域を愛し、この地域をどうしようかと一人ひとりが考えている。これまで行政は、本来出すべき情報を出さないでおいて、住民に意見を求めてきた。直面する行政課題は何なのか、財政状況はどうなっているのか、具体的な話を何一つ提示せずに、建設的な意見など出しようがない。つまりこれまでの行政は、住民を情報過疎の状態において意見を求めることだけで、住民参加としてきたのではないか。
現在、ニセコ町では、財政情報もきちんと共有し、予算ヒアリングも公開で行っている。将来的には、「財政民主主義」のため、つまり、国も地方も財政が厳しい中で住民がどんなお金がどんなふうに使われるのか明確に見えるようにするため、仕組みづくりをさらに進めていきたいと思っている。

 

●中山 弘子(東京都新宿区長)
平成14年11月の就任当時は、日本の治安が最も悪くなったと言われている時期で、国レベルでも大々的な取り組みが行われていた。私が就任する約1年前の平成13年9月には、歌舞伎町の新宿明星ビルという小さな雑居ビルで火災が起こり、44名もの方々が亡くなるという悲惨な事故が起こった。同時にこの時期には、歌舞伎町の違法性のある風俗店や不法滞在外国人、目のやり場に困るような不法設置看板や放置自転車等が報道でも多く取り上げられ、歌舞伎町のイメージはまさに「暗い」、「汚い」、「怖い」、3Kのまちとされていた。これに伴い、新宿全体のイメージも大きくダウンしていく中で、就任後私が取り組んだのは、総合的な繁華街対策でまちを大きく変えるということであった。
治安対策や安心・安全のまちづくりというと、犯罪インフラを除去して環境浄化・環境美化を行うということに留まることが多いが、まち・繁華街というのは経済活動で動いているので、そのまちを担っている経済活動を取り締まれば、まちは厳しくなっていく。そこで私は、取り締まりによってマイナスをゼロにする活動を繰り返すばかりではなく、まちの経済活動の新たな担い手を作っていく、つまりまちづくりを一体的に行うということに取り組んでいった。その際、大儲けの出る商売ではなくとも持続可能性のある産業を生み出そうと、地元商店街や町会の皆さんとともに取り組みを進め、平成17年1月には、「歌舞伎町ルネッサンス推進協議会」を発足させた。このように担い手の中心は地元に据えつつ、歌舞伎町に張られたレッテルをはがすのは大変難しいため、協議会には有識者の方々にも参加していただき、メッセージを発信する役割を担っていただいた。
この協議会では、まず安心・安全および環境浄化・環境美化のための取り組みとして 「クリーン作戦プロジェクト」を行ってきた。これは、数多くの暴力団事務所等の犯罪インフラは徹底的に除去する一方、持続可能な商売をするため、新宿・歌舞伎町の猥雑性をもったにぎわいは守っていくというとりくみである。今も毎週水曜日に実施されており、区の職員も(歌舞伎町に庁舎を置く)一事業者として参加している。
このマイナスをゼロにする活動にあわせて、「地域活性化プロジェクト」、「まちづくりプロジェクト」、「歌舞伎町タウン・マネージメント(喜兵衛プロジェクト)」といったまちづくりの活動も展開している。このうち、喜兵衛プロジェクトについては、戦後間もなく、鈴木喜兵衛という当時の町会長が行ったまちづくりの歴史に由来している。彼は、歌舞伎町を「同義的な繁華街」と位置づけ、娯楽・芸能のまちづくりを進めた。喜兵衛プロジェクトでは、この戦後以来の大衆娯楽・大衆文化の発信地としてのDNAをビジョンとして明確に位置付け、単なるに消費の場ではなく、ここで企画・制作を行い、エンターテイメントのまちにしていこうとしている。
私は、様々な活動を通じて、誰もが当事者になることと、縦割りを排して地域から色々な施策を総合化していくということが大切だと考えている。そのためには、ビジョンを明確にし、多くの人が関わってくれるような取り組みをしていくことが重要であり、歌舞伎町ルネッサンスはそのために実施してきたものである。

 

●松島 貞治(長野県泰阜村村長)
泰阜村は高齢化率が38%の過疎の山村であるが、現在の村の特徴としては、65歳以上人口が平成14年をピークに減り始めたということである。したがって私は、高齢化は、もう問題ではないと考えている。つまり、在宅福祉はずっと取り組んできており、これからも続けていくつもりだが、高齢化によって財政支出が増えるということはもうないということである。
私は、平成6年8月に44歳で役場を退職して出馬した。職員から村長になり、何でも出来ると周りの人たちに言われたが、利害調整等でそうは簡単に進まないということを何度も経験し、トップになっても、思ったことが全て出来るわけではないということを痛感した。
村長になって18年のうち、特徴的な話・苦労した話をすると、議会が二分された際でもやはり村長の言うことを聞くかという結論に至った大きな理由は、情報公開だった。先ほど片山町長は「情報共有」と仰ったが、当時は住民と情報を共有すると言えるほどの状況ではなく、私が言うのは、我々が知り得た情報を住民に隠しておかないということである。その日のうちに分かっていることはその日のうちに伝え、住民はもちろんマスコミに対してもそうするようにした。
平成12年に田中康夫長野県知事が誕生したが、これは私にとって民意とは何かということを考える大きな機会となった。田中氏は現職知事の後継と目されていた前副知事と戦ったが、特定の政党を除いた県会議員・市町村議会議員、その他商工会議所等の各種団体のほとんどが前副知事を支持する中、10万票以上の大差で田中氏が当選した。自分達が応援する候補ではない田中氏が圧勝するというのは、これまで私達は、住民のためという思いで行政をやってきたが、本当に住民の心を考えていたのか、民意を理解していたのかと、非常に考えさせられた。
これ以来、私は住民の声に対して丁寧に対応するように心掛け、市長レポートを毎月A4用紙2枚程度で出すようにし、分かっていることは何でも伝えるようにした。最近になってようやく、村長も本当のことを言っているなと住民に思ってもらえるようになったように思うが、そう思えるようになるまで10年くらいかかったと思う。というのも、自治基本条例を作る自治体も最近では増えてきているが、住民に、条例に村の自治に協力せよと書いてあるから協力せよ、と言ったところでなかなか通用しない。自ら進んで住民参加しよう、地域のことをやろうという人はごくわずかで、村長が言うなら仕方ない、やるかという風になる。このような関係を作るのに、10年かかったということだ。
これからについて、私は、日本の政治の現状が続けば、過疎の山村は消えていくという危機感を持っている。30年後の姿を考えたとき、後継者育成やIターンを探すなどしてきたが、それではどうも心許なく、担い手が変わっても残っていくものを作っていくしか方法はないのではと考えている。例えば、現時点では、JAのガソリンスタンドが撤退した際、村を維持していくために有志数名が作った地域振興センターという法人や、NPO法人で山村留学・自然体験等を通年で行っているところなどがある。山村留学はそれを求める人たちがいれば、NPOの担い手が変わっても続いていくだろう。このような30年後も残るような活動を支援していこうというのが、私の現在の考えである。

 

 

【パネルディスカッション】

●本日のパネリストの皆さんは地域のリーダーであるが、リーダーが着任して最初の100日で何をやるのかということは、その後の流れを大きく左右すると言われている。リーダーになって最初の100日でやったことは何か。なぜそれをやったのか。

松島:村長室から出た。村長たる者、住民に顔が見えるところにいなければいけないと思い、公約でも明言していた。

中山:最初にまず言ったのは、現場・現実を重視して区政の透明性を高め、区民との協働を進め、「暮らしやすさも賑わいも一番の自治のまち新宿」を目指すということで、これは今でも言い続けている。私の前任の区長は、「区長を囲む会」という住民と接する機会を設けていたが、実際には区長は最初の挨拶だけで説明は職員にさせるという状態だった。私はこれを改め、自分自身で住民の質問に答えることにし、就任後すぐに地域10か所に出て行った。現在では、「区長と話そう~しんじゅくトーク」という名前になっており、住民にきちんと自分の考えを直接伝えるようにしている。

片山:役場という組織がどう動くかということが非常に重要なので、職員に対するメッセージを強く出した。地方自治法には、最小の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならないと定められており、職員は皆コストカットすることに汲々としている。選択肢があると、まずはコストの低いものを選び、そこから良いものを選ぼうとする。しかし私達は、本来、住民の将来の安全・福祉を担っているので、最大価値をまず選んでその中で最小のコストを選択する発想に変えるように、と伝えた。また、職員のモチベーションがかなり下がっていたので、研修にどんどん参加させたり、夜の会食等には積極的に参加し、名刺交換をしてネットワークを広げるよう勧めたりと、彼らを元気づける作業をしていった。

伊澤:私の就任当時の当市の大きな課題として、先程も述べた鉄道運賃問題とごみ焼却場の問題があった。ごみ焼却場問題については、施設が25年以上経っており、現在地なのか移転地なのかを決定する首長会議が就任初日にあった。鉄道運賃問題については、北総線の運行業者である北総鉄道株式会社およびその親会社である京成電鉄の社長と協議し、私の考えを伝えていった。この2つが外に対して行ったことである。
内に対しては、職員に、市民の声をよく聞いてもらいたい、机上で待つのではなく現場に出ていこう、と伝えた。結果的には市を6つに分けてタウンミーティングを開くことになったが、課長以上の職員を順番に参加させることにし、市の幹部が地域に出て行って市民の声を聞いてくるシステムを作った。また、若い職員との対話の機会が少なかったので、グループ毎に昼食を一緒にとり、意見交換をする機会を設けた。

 

●100日やってみて、外向けのことはなかなか100日で変わらないことが多いだろうが、内向け・役所の中向けのことで、100日で何か変化はあったか。同じことを言い続けることで変わったことはあったか。

松島:私の就任当初、朝8時半就業のところ、職員は皆ギリギリの時間に出勤してきており、8時半から朝礼も始められないような状況だったため、まず自分がきちんと朝早く来ようと思い、8時過ぎに役場に到着するようにした。どんなに血気盛んに言っても口で言うだけでは伝わらなかったが、自分が心を入れ替えて行動するようになると、3~4カ月後に少しずつ皆が意識し始めるようになった。定着するのに2~3年かかったが、現在では、8時15分頃には皆が仕事を始められる状況になっている。

中山:ビジョンを明らかにしないと、言い続けることは出来ない。また、人は共感した時に気持ちよく動くものなので、情報共有だけでは十分でなく、共感するところまで持っていくことが大切だと考えている。松島村長は先程、地域の人々は村長が言うなら仕方ない、と参加するようになるというお話をされたが、私は、仕方ないという思いだけでは人は動かないのではないか、人の役に立つことは楽しいと思うからこそやってくれるのではないかと思う。職員にとっても、自分の仕事に誇りを持てるということが大切であり、多くの人に感謝されたり受け入れられたりする経験を通じて育つものなので、そういった機会を作っていくことが重要。そのような機会に、きちんと方向性を定め、あきらめずに取り組み、人の話に耳を傾け、目から鱗が落ちるような経験をする中で、知らないことがたくさんあるということを職員が実感してくれたことが大きな変化なのではないかと考えている。

片山:地方政府の役割は、民主的な社会をどう作るかということ。まずそのためには、職場の内部が民主的でなければいけない。町長や管理職がこう言ったからこうだ、ということは一切やめてくださいということを言い続けてきたので、皆意見を自由に言うようになり、また雰囲気も明るくなったと感じている。

伊澤:市民の中には色々な要望があるが、これら全て行政が応えていくのは難しい時代。新しい公共、市民との協働がキーワードと当市では考えているが、そのためには市民と職員との信頼関係が必要なので、関係構築のために、まず職員は市民の範たれということを言い続けてきた。挨拶、情報共有等を通じて、市民と一緒に仕事をしていく姿勢を見せていくように努めており、就任後まだ1年だが、今後もそのような形でさらに進めていきたいと考えている。

 

●外向きの話となると、行政がやらなければならいことは山積している一方、それを実現していくには様々な制約がある。そのような中で、優先順位を決めるというのがリーダーの重要な役割になるが、優先順位付けについてどう考えるか。

松島:私の場合は、在宅医療・福祉を継続するために出馬し当選したので、それこそが自分に与えられた政治使命であると考えている。三位一体改革や合併よる大型投資が来た時期や、実質公債比率が最高で28.2%となり夕張市と変わらない状況になった頃もあったが、在宅福祉はどんな状況でも最優先で行ってきた。各種補助金は受け入れずに切ってきたものも多いが、福祉に関する補助金については受け入れてきた。平成6年の選挙時には、「ハードからソフトへ」ということを公約に掲げて当選したが、やはり一部の住民からは例えば道路を直してくれ等といったハード整備に関する要望が多数寄せられた。これに対しては、もちろん予算の許す範囲で対応してきたが、何があっても在宅福祉を行うということを最優先してきた。在宅福祉を掲げて当選してきたので、それが出来なければ自分の村長としての存在意義はないと考えている。

中山:新宿を一言で言えば、多様性を力とするまちだと思っている。先程は歌舞伎町の話を中心にしたが、歌舞伎町だけではなく、西新宿の超高層ビルオフィス街、東の玄関口であり花柳界の遺伝子を持つ神楽坂、韓流のまち大久保、緑あふれる住宅地である落合地域等がある。大学や専門学校、病院等の医療資源も多い。また、1割の外国籍の方々がおり、20歳代で見ると25%を超えている。このように多様なまちである新宿の優先順位は、持続可能な都市をつくるということだと考えている。持続可能性を高めるためには、まちの担い手がこのまちで生まれ育っていくことが重要なので、子育て支援策は徹底して行っており、実際に子どもの数も増えている。また、都市として、住環境として緑の多いまちづくりも重要な取り組みである。このような取り組みについては、区民の方々に納得してもらわなければ税金を使うことが出来ないので、予算編成過程を公開している。

片山:現在集中的に取り組んでいるのは、環境と教育。未来への投資を行いたい、未来に対してお金を集中的に使っていきたいというのが基本的な考え方。また、現在の日本経済は効率を重視した市場原理主義で、成果評価ばかりがまかり通っているが、本来、公共課題を解決する地方政府の役割は、相互扶助社会をどう作っていくかということにある。そのためのシステムづくり・風土づくりを行い、崩壊しつつあるコミュニティを再生して、昔の日本のようなぬくもりある社会をどう作っていくか、ということに意を持って取り組んでいる。

伊澤:優先順位の見方はいくつかある。まず優先すべきは、現在直面している課題。当市で現在まさに直面しているのは、東日本大震災で震度5強の揺れを受けたため、地震の被害である。放射能の影響では、国の重点地域に指定されており、子どもや農産物への影響も懸念されている。つまり、安心・安全、今ある危機に対して最優先順位をつけ、現在取り組んでいるところである。
その次に優先度が高いのは、今やらなければ後で取り返しがつかなくなってしまう課題。当市においては、千葉ニュータウン事業が残り2年で国・県は撤退をし、終息することになっている。先程も述べたように、当初の計画よりもかなり規模が縮小され、まちは入居者が増えず、道路も全線開通していないという状況にある。そのため、終息までの2年間に、道路をつなげて機能させ、まちも調和のとれたまちを作らなくてはならない。短期間でそれを成し遂げなくてはならず、優先順位は高いと言える。
もう一点優先すべきは、選挙における市民との約束であり、その中でも特に安心・安全については重要である。特に子どもたちの学校の耐震化や少子化・高齢化をにらんだ福祉政策、健康寿命の維持等は優先順位が高いと捉え、取り組んでいる。

亀井:持続可能なまちづくりや未来への投資を重視し、ハード整備だけではなく地域コミュニティとしてまちを作っていくということだろう。さらにそれは無機質なものではなく、自然・風土・歴史等の上にまちを作っていく、そういうものの中で様々な判断をしていくということだと思う。

 

●まちづくりをする中で不可分なのは住民との関係性。行政はある種サービス機関であるかもしれないが、先程から議論に出てきているように、行政がお世話するのではなく、住民自身が自分達のこととして考えていってもらう必要があり、そうすること自体が地域コミュニティの再生につながる。また、地方自治の場合には、国の枠組みと異なり、リコールや住民提案という制度もあり、住民との関係性は非常に大切。きれいごとではない話も含めて、それぞれのまちで、住民との関係性をどのように作っているのか。

伊澤:千葉ニュータウンには団塊の世代の方々が多く住んでおり、6万人のまちで毎年千人程度の60歳代が増えるという状況。この方々が、定年後にどう生きがい・やりがいを持つことができるのかということが、市民とともに築かれるまちになるか、市民から行政への要望の多いまちになるかの分かれ目だと思っている。そのため、市民の方が自由に参加できる市民大学校を、前市長の時代から始めた。この市民大学校には、シニア学部、まち発見学部といった様々な学部があり、参加者は市や行政のことを学んでいる。卒業生の多くは、自分達でグループをつくり、福祉ボランティアとして見守りや買い物サービス、防犯等に取り組む等といった活動をしている。きっかけづくりとしくみづくりが大事。参加しやすいしくみづくりというのはたくさんあると思うので、そういったものを活用していけばよいと思う。

片山:先程、「住民サービス」という言葉が出たが、最終的にはこの「サービス」という言葉のないまちにしたい。例えば、「保育サービス」と言った瞬間から、ホテルで受けるサービスと勘違いが起こり、本来社会で子どもを育てる「保育」という機能がなくなってしまう。
「協働」という言葉も、住民自治基本条例であえて削除をした。住民と行政は対等だとよく言われるが、私はこれは全く違うと思っている。主権者は住民であり、上下で仮に言うとすれば、主権者である住民がまずあり、その下に溶け込むように住民の自治機構として存在するのが地方政府だと思う。そのような関係性を作っていきたいと考えている。
住民の方々と日々様々な議論をしているが、参加者の数は全く問題ではない。開かれて運営されているかどうか、住民の意見に対してきちんと回答され、自分の意見が反映された道筋が見えるかどうか、ということが重要だと思う。

中山:新宿は、町会が非常に機能している地域であり、区としても町会の加入促進を支援してきている。また、私は地域内分権を図っていきたいと思っており、10か所の地域に特別出張所を維持し、管理職を配置している。昨今の行政改革の流れで出張所をやめるところも多くあるが、新宿区では出張所を単なるミニ区役所にはせず、区民の生活をベースに行政を横につなぎ総合化していく拠点として、また、住民と行政が当事者となって「協働」していく拠点として置いている。この中で地区協議会を作っており、その地域のNPOや町会、個々の住民が多く参加できるように、地域の多様性にあった協議会を作るよう職員に指示している。しかしこれについては、職員も地域の人々も具体的にイメージが沸かないため、成功したところがあるとそれに引っ張られてしまいがち。地域は緩やかに変わっていくものなので、熟してくるまで時間をかけようと思っているところである。
就任してすぐに総合計画の策定が始まったが、私はこれを住民参加の上で進めることにし、そのために地域10か所で私自身が区民に趣旨を説明した。当初、区民は集まってくれるのかという懸念もあったが、結果的に400人近くの区民が参加してくれ、その年は区内のどこかで毎日会議が行われているという状態になった。一方で、総合計画策定に参加した方々だけが区民かと言えばそうではないので、無作為抽出のアンケート等で補完するようにしている。
働く人々が住民参加することは簡単ではないので、参加出来ない方々に、町会や消防団等、今地域を支えてくれている人たちがいるから地域が回っているのだということに対する想像力の翼を広げてもらえるようにしたいと考えている。

松島:山村は地域コミュニティがしっかりしており、住民同士が支えあっているというイメージがあると思うが、それは間違い。隣近所の仲がいいというのは少ない。山村だから皆が助け合っているわけでは決してなく、土地を離れることが出来ないので、対立の中でどうにかやっており、実際は大変。それでも、そうは言っても一緒にやりましょうと言って、どうにかまとめ合ってやっている。
例えば、除雪は行政がやるのが当たり前と思っている方も多いと思うが、泰阜村では、地域の人達が生活のために自分達で行っている。自分達の生活のために、面倒だがこれまでやってきたことを継続してやっているというだけのことであって、皆が仲良く地域づくりのためという意識でやっているというわけではない。皆で仲良く地域のためにやるということを前提にするのは、難しい。
これまでの経験を通じて、住民は、自分の利益になることはいいと言うし、害になることは駄目と言うということがよく分かった。そこで行政は利害調整をすることになるが、行政や議会というのは、個々の住民の利益になるか害になるかというレベルを超えたところで物事を判断が出来るかどうかが大事。そうなると、住民と一緒にどうこうというよりは、住民は個々の主張をし、最終判断は首長に任せろという風になると考えている。

片山:現在、ニセコ町では、子どもまちづくり委員会や子ども議会をやっているが、住民は小さい時から政治・行政やまちづくりに携わる機会がほとんどなく、二十歳になったから選挙権を与えられるというのが日本の社会。泰阜村の状況は分からないが、ニセコ町では、住民に情報をきちんと出せば、税金の使い道について等、シビアな議論が繰り広げられており、まっとうな意見が収れんしていくと思う。

伊澤:情報公開を受けて住民自身が判断する例として、白井市では事業仕分けがある。各事業の判定を行う判定人を一般市民から無作為抽出で選んだが、普段から行政に興味のある方もない方もいた。判定人からの仕分け作業後のコメントや事後アンケートでは、「役所はこういうことをやっていたんだと初めて知った」という感想や、「市民から見ると全く費用対効果がなく、この事業は税金の使い道として良くないのでは」と言った市民目線の意見が寄せられた。つまり、行政が市民のためにと行っていることが、市民から見て果たして本当にそうなのか、そう受け取ってもらえているのか、ということ。もちろん、少人数の方々の意見ではあるが、無作為抽出で選んでいるので、サイレントマジョリティの意見も反映していると思う。このように、情報を提供・共有するということは、行政と市民が同じ土俵に立ち、議論の出発点を同じにするには有効な手段と考えている。

亀井:情報公開・共有について、行政情報を全部インターネットで公開していますという情報の垂れ流し状態が、最近よく見られる。情報を全部公開し、情報を洪水の中に埋もれさせることによって、逆に嫌な情報を隠すことも出来る。それよりもむしろ大事なのは、住民に知っておいてもらいたい情報は何なのかということをしっかり考え、住民目線で分かるように説明するということ。その上で住民の判断を仰ぐようにすれば、どのまちでもきちんとした議論・判断がなされるのではないか。

 

【質疑応答】

Q.住民主体で取り組みを進めていく時に、二元代表制における議会の役割をどう考えるか。
松島:泰阜村のような小さな自治体では、長と議会の2つを選ぶ必要はなく、シティマネージャー制を導入出来るよう選択制にしたほうがよい。

中山:まさに住民を代表して、立法権等の定められた役割を果たしていくということではないか。

片山:情報共有を進めれば進めるほど、議会はより重要になる。住民に情報が浸透した時、参加したくても出来ない人達がどこに期待をするかと言えば、議会の議決権になると思う。つまり、民主主義は進めれば進めるほど、議会が重くなるということ

伊澤:首長、議会ともが市民の声・意向を聞き、その上で判断を下していくことが重要。それこそが健全な二元代表制だと考える。

亀井:今のイメージのままの議会ではなく、住民との情報共有がさらに進んだ形の議会をイメージしなければならないだろう。行政との関係性で情報が少ないと言っているだけでは、議会がその機能を果たしているとは言えない。議会が住民の声を積極的に取り入れていかないといけない。一方で、シティマネージャー制等現行とは異なる仕組みを、住民自治を大事にしている日本国憲法下でどう制度として認めていくのかということは、これとは別に考えていかなければならない。

Q.町内会をどのように捉えて、どのようなことをしているか。というのも、町内会長は地域のボスなので、場合によっては住民の意見をそこで止めてしまうということが考えられるが。

伊澤:市内にある約90の自治会区を小学校区単位でまとめて、その小学校区内の自治会・町内会、社会福祉協議会、PTA等の代表の方々に集まってもらい、地区の問題点を話し合ってもらっている。そして、ここで出された課題・解決策をもとに、行政とともに解決していくというシステムを構築しており、これは市民との協働にもつながる。

片山:今後地方分権が進んでいく中で、各自治体も自治会に分権していけばよいと思う。つまり、地域内分権をどう進めていくかということ。例えば、町内会に5千万円のお金を渡し公園を作ってくださいとした時、果たして住民は町内会長に一任してしまうだろうか。私は、これが、日本の1千兆円にも上る借金を解消する一つの手立てではないかと思っている。

中山:新宿区では町内会を大事なパートナーと考えていることとあわせて、多くのNPOが区内に事務所を置いており、NPOとの協働も大切だと考えている。NPOと町内会をつなぎ、双方の強みを活かしながら、どのように地域自治の担い手になってもらえるかということを考えながら活動している。

松島:泰阜村には19集落があり、それぞれに区長がいる。職員には、区長の意見をその地域の代表意見として丁寧に聞くように言っている。区長は予算も権限もないので、ボスのような存在にはなっていない。

亀井:これからは、小学校区くらいの単位で見えるようにして、住民が当事者として関わっていけるようにしていくことが大事だろう。

Q.今の時代認識も含めて、これからどうなっていくのか、またどうしていきたいと考えているのか。また、今日の講演・パネルディスカッションで、印象に残った言葉・論点は。

伊澤:これまでの自治体は、金太郎飴のように国・県の指導に従っていればよかったが、これからますます地方の区別化が進んでいくだろう。地域間の競争が進み、住民が自治体を選ぶような時代となり、自治体の特徴・強みを打ち出していく必要があると思う。
印象に残ったこととしては、4つの自治体は全く異なるタイプのまちであり、それぞれの主張の切り口は違うが、よくよく話を聞いていると、皆共通点があるように感じたことである。

片山:現在全国に約1,700の自治体があるが、地域主権改革や地方分権に向けた改革の流れが止まらないかと心配している。もう少し、各自治体が政策提言をしたほうがよいと思う。私は、昨年4月に水環境の条例を作成した。水源地の周辺の開発規制ともなり、地下水も勝手には掘れないという仕組みにした。罰金もつけたところ、職員からは訴訟リスクがあると指摘された。土地自由使用の原則からすると財産権の侵害になり、それを条例で縛れるのかという議論を重ねたが、どこかの自治体が一歩踏み出すことをやっていかないと、この日本は変わらないのではないかと思っている。おかげさまで今年3月に、北海道議会で水資源の保全に関する条例が動き、今後さらに国政でも動きが出ていけばよいと考えている。
印象に残った言葉は、中山区長の仰った「想像力の翼」。また、気になったのは、松島村長が次の選挙を気にするような発言をされたこと。私は、首長は、次の選挙に立候補しようと考えた瞬間から、意志が劣化すると思っている。4年の任期を全うして去るというくらいの覚悟でやらなければ、意志決定を左右してしまうと思うので、実際はどうだったのかお伺いしてみたい。

中山:集権から分権へというのは、画一から多様へということだと思う。これまでの日本社会は、互いに画一的であることに慣れ、そうしたモデルで物事を進めてきた。多様性というのは、ある意味厄介だが、これを引き受けていかなければ未来はないと考えている。新宿区で進めている多文化共生のまちづくりは、施策として扱うには首長としてリスクがあることも承知しているが、多様性が力になるということは、それぞれの地域が自分達のことは自分達で決めて責任を持っていくということだと思うので、非常に重要と考えている。
印象に残ったのは、片山町長が「サービス」、「協働」という言葉は使わないことにしているということ。

松島:白井市の人口が増えているということを聞き、都市と山村では、全く状況・課題が違うということを再認識した。これからの泰阜村における課題は何かを考えてみると、少子化で学校をどうしていくか、ということ。高齢化は、在宅福祉によって医療費を下げて福祉を充実させていくことが出来ると既に証明出来ており、もはや問題ではなくなっている。30年後に残る地域づくりとして様々なことに取り組んでいるが、山村は、学校をまとめていく以外に方法がなくなっているのが現状。
片山町長からの質問に対しては、平成6年に当選した後、残りの4回は無投票だった。2期目にもう1期やりたいと思った時から危ないことはやらなくなった。あらゆることを先延ばしするようになってしまい、絶対によくないと思うようになった。それ以来、4年間一生懸命やって駄目であれば、住民が判断すればよいと考えている。
印象に残ったことは、情報の「共有」を目指さないといけないと感じたこと。

亀井:私が今の中で印象に残ったのは、多様性を引き受けるのは大変だが、多様性のある社会にしていかないとこれから大変だということ。地方分権が止まらないか心配というのは同感。そもそも、地方分権は国がやるものではなく、地方が要求して実現していくこと。そして、地域の多様性をベースに日本という国が強くなっていくということだと思う。東京財団週末学校としては、まさにそのような人材を育てていきたいと考えている。

【研修生の声】

シンポジウム終了後には、より突っ込んだ議論ができるよう、パネリストと研修生の意見交換会を非公開で行った。情報公開・共有のあり方、住民への向き合い方、職員としての当事者意識、地方行政のそもそものあり方等についての意見が交わされ、研修生は、自身の自治体やまさに自分自身に置き換えた時にどう考えるか、という視点を持ったようである。

特に、自治体職員のあり方については、「はみだし公務員」という言葉をどう考え、どう行動するべきかという点で活発な議論が繰り広げられた。これに対しては、パネリストより、いわゆるはみ出し公務員とされる人々の中には、「はみ出す」こと自体が目的化してしまい、前例にないことや他とちがうことをしていることを単に「はみ出している」と勘違いしていたり、はみ出すかはみ出さないかということばかりを考えているのではないかとの指摘があった。つまり、いまある制度でもどこまでのことが出来るかをきちんと勉強し、挑戦することもせずにいる多くの自治体職員に対し、「はみ出す」前に向き合うべき大切なことがあるのではないかという意見が投げかけられた。また、そもそも、何を目的としているのか、目的意識がないままにそうしたことに取り組む職員の危うさについても指摘があった。

シンポジウムおよび意見交換会を通じて、研修生の多くは、パネリスト4名の共通項として、「地域の風土や歴史に対する深い理解の上にそれぞれのビジョンを持っている」ということ、また、「住民を信頼し、彼らとの信頼関係を構築・維持するために不断に取り組んでいる」ということを認識したようである。パネリスト4名の姿勢から、「これまで自分は誰・どこを見て仕事をしてきたのか」、「主権者としての住民を見ていたのか」どうか、自分自身を省みる機会となったようだ。

課題の優先順位づけをする時、より住民の利益になるものを選択していくべきことは言うまでもないが、何が住民の利益なのかを判断するには、住民の声に常に耳を傾け、彼らの声から、また、地域の将来も含め、その課題を俯瞰的に捉えることが前提として求められる。そしてそのプロセスを通じて、住民との信頼関係を構築し、共感していくことが出来るのであろう。研修生には、「はみ出す」前に、自治体職員として出来ること・やるべきことがあると感じる講義となったようだ。