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地方議会の現状と展望

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講師:中尾修(東京財団研究員、元栗山町議会事務局長)、小林華弥子(由布市議会議員)、中村太(所沢市議会議員)
講義日:2012年7月15日(日)
文責:週末学校事務局 稲垣亜希子

本講義の目的

地方議会は自治体の条例や予算を決定する機関、すなわち地方自治体の「意思決定機関」である。その性格上、行政のチェック機関としての役割を持ち、とかく個別最適に陥りがちな行政を正すべく、二元代表制の一翼を担っている。
住民に選ばれた議会は、長(行政)と議論を交わして、自治体の意思決定をする。また住民はその決定プロセスに参加をする(議会への住民参加)。しかし現実は本来あるべき姿からはほど遠い。住民のみならず、長(行政)や議会までもが議会の役割を正しく理解しているとは言いがたく、当然のことながら議会への住民参加はまったくと言って進んでいない。多くの自治体で議会そのものが機能していないのが現状ではないだろうか。

本講義の講師である中尾修氏は、議会事務局職員として栗山町の議会改革に携わり、栗山町議会への住民参加を実現してきた。その経験を踏まえ、提言書「市民参加と情報公開の仕組みをつくれ~地方議会改革のための議会基本条例『東京財団モデル』~」を示し、全国各地での講演活動等を通じ、本来の地方議会のあり方について積極的に提言し続けている。同氏の栗山町での経験やその後の取り組みなどを通じて、二元代表制が正しく機能することで実現する自治について学ぶ。

講義の後半は、自らの地域をよりよくしたいと強く思い、住民とともに日々活動している若手地方議会議員を交えてのパネルディスカッションを行う。これからの地方議会(=本来の地方議会)を担う若手議員との対話を通じ、地方議会がまちづくりのパートナーであることを再確認し、そのうえで今後自分自身は議会とどのように向き合いまちづくりに取り組んでいくのかを考える機会としたい。

講義

●あなたは自分の立ち位置を正しく理解しているか
「地方議会不要論」が展開されている昨今だが、評論的・マスコミ的な議会批判がほとんどであり、その多くは地方議会制度への無理解から生じている。職業議員、フリーター議員と呼ばれる無能な議員の存在等、議員への批判の声も大きい。しかし考えてみれば、地方議会制度を正しく理解していない主権者が選挙で選ぶ議員の程度が低いことは、ある意味当然のことだと言えよう。現在の地方議会の一番の問題は何かと言えば、議員を含めて行政、住民、誰もが二元代表制を正しく理解していないことなのである。
しかし、議員と同様に「公」を担う立場として、行政職員は自身の立ち位置を明確にして、自治を深化させるべく日々の業務に携わらなければならない。議会が正しく機能していない現状に甘んじていてはいけないのである。
行政はそもそも執行機関であるがゆえに現状を肯定する力は大変強く、変化に対しては鈍感だ。加えて、執行ばかりでなく、事業の企画、予算編成、評価と一連のプロセスをすべて担っているが、これだけの機能を有する体制は先進国のどこにもなく、行政はあまりにも肥大化している現状にある。また、組織的にも、新規一括採用、年功序列、終身雇用から生じる内向き志向が強く、本来は住民の「公」のために働くべきなのにもかかわらず、組織や自分自身のことを守ることに終始している。組織の硬直化は行政に限った話ではない。このところ企業の不祥事が相次いでいるが、これらの問題の根源は執行の独走、内向き志向といった、どこも同じものであることに、みなさんは気付いているだろうか。
議会をめぐる動きでは、首長と議会の激しい対立が近年、立て続けに各所で起こっている。阿久根市では専決処分を繰り返した首長が選挙で敗北し、一方で大阪府では大衆を味方につけた若い首長が勝利した。政治は勝者の原理で動くので、勝敗をどうこう言いたいわけではない。いずれの場合も、首長が議会を攻撃しているように見えていたが、彼らの真のターゲットが肥大化しすぎて本来の役割を果たしていない行政組織であることを、行政職員であるみなさんは自覚しておかねばならない。民間企業の不祥事も、議会攻撃も、「他山の石」なのだ。

 

●住民と行政の関係、住民と議会の関係、その違いから議会の本質を考える
第1回福嶋浩彦氏の講義で学んだように、行政にも議会にも、主権者であるに住民の参加が必須である。
住民参加という点で言えば、どこの自治体も住民参加、行政評価、情報公開などを少なくとも謳っており、そもそも地方自治法に明記されていることもあり、行政の方が進んでいることは間違いない。一方、議会への住民参加は明文化されていないこともあり、取り組みは遅れている。ここ数年で議会基本条例を制定する議会が増えてきているが、これには住民参加を制度化することで、住民に参加を促したいという意図がある。北海道栗山町は、中尾氏が議会事務局長在任当時に、日本初の議会基本条例を制定した町であるが、当初の文案には「住民は自身が選んだ議員の活動を4年間注視しなければならない」、「議会が主催する市民参加の行事には積極的に参加しなければならない」と言った住民の責務についても盛り込まれていた。最終的には削除されたが、それくらい議会への住民参加を積極的に促進していかなければならないのである。議会が変わらなければ、自治体は変わらない。議会が本来あるべき役割を果たすことで二元代表制が正しく機能し、健全な自治体になることができる。

それでは本来あるべき姿とはどのような姿なのだろうか。それを考えるためには、住民と行政の関係、住民と議会の関係、それぞれの違いを考えればよい。
行政と議会、それぞれの役割を突き詰めて考えてみればおのずと分かることでもある。すなわち執行機関である行政には、住民に対する執行責任(決められたことを効果的に効率的に進める責任)があり、意思決定機関である議会には議決責任(そもそも決める責任)がある。住民から託されているものが根本から異なっているのだ。また、行政は一人の首長を住民が選出するのに対し、議会は複数の議員を住民は選出する。かたや「一人」、かたや「複数」が意味することとは何なのだろうか。それは、複数の人が集まることの意味を考えればよい。議論を尽くすことにより、その自治体における課題が何かを見出すことができる。課題を解決する上での論点を明らかにすることもできる。何よりもそれぞれの論点に対する考えの幅を共有することもできる。ある問題について、何を検討すべきか、これに対し市民は右から左までどれくらいの幅で選択肢を考えるのか、そうしたことを明らかにする。それこそが議会の役割だ。近年の我が国を省みれば、賛成派ばかりでものを進め(これこそが執行の暴走だが)、見たくない現実を見ない「想定内」ばかりの単線思考を続けてきた。議会が本来の役割を果たすことができれば、これを複線思考に転換することができる。我が国の現状を変えるためにも、議会が変わることが求められている。

 

●行政と議会の健全な関係とは?
それでは行政と議会の関係はどうあるべきだろうか。
先述のとおり、現在の行政は肥大化しすぎており、逆に議会は元々持っている権能を行使しておらず、非常に不均等な状態にあると言える。事実、研修生に自身の議会についての印象を尋ねたところ、「議会や議員との接点が上位者にしかなく、自分には遠い存在」、「議案が常に全会一致で可決されるため、緊張感がない」、「議会のことを意識しないでも日々の仕事が回る」と言ったコメントが聞かれた。これも執行の暴走の一面と言えるかもしれない。行政も議会も住民とつながり、それぞれにまちづくりを担っている以上、両者の仕事はすべて繋がっているはずである。また、別の言い方をすれば、議員を選んでいる住民軽視にも及ぶ話ではないだろうか。議会の多様な意見が集まるという特性を考えれば、むしろ議会の意見に積極的に耳を傾けることこそ行政の一つの役割ではないだろうか。
とは言え、決して馴れ合いの関係になれと言っているのではない。住民が首長と議会をそれぞれ選挙で選ぶということは、すなわち二つの意思が存在するということであり、この二つの意思にはおのずと微妙なずれが生じる。このずれこそが二元代表制の優れた部分なのである。住民、行政、議会の3者は、健全な緊張関係を保ちながら、このずれの部分について議論をし、合意を形成していく必要がある。議案に対する反対意見があることは健全に民主主義が機能している証拠であり、その方が政策にいい緊張感が生まれる。全会一致はむしろ不自然なのである。
行政は、持っている情報量から考えると、圧倒的に議会に対して有利である。しかし公開すべき情報を抱え込むことで優位に立つことはおかしい。すべての情報を共有し、住民、行政、議会ともに同じ情報に基づいて議論を進める必要がある。
行政と議会はまちづくりの対等のパートナーであるとの認識を持ち、よいまちづくりのために互いに切磋琢磨せねばならない。ただし、小林議員によれば、ここで留意すべきは1対1の関係にしてはいけないということだ。特定の議員に話を持ち込むと、議員によってはその人の手柄にしようとパフォーマンスにされてしまう恐れもあるからだ。対象とするのは議員ではなく、議会(委員会も同じ)である。そういう姿勢が求められる。

 

●自治体職員であるあなたにできること
さて、地方議会の本来の意義とその役割にについて正しく理解した後に、ではあなた自身は何をするべきだろうか。まずは自治体職員として、そして一人の主権者として、自分のまちの議会が正しく機能するよう、働きかけていく必要があるだろう。そのためには自分のまちの議会を、そして、その構成員である議員を知ろうとすることが大切だ。彼らを知ろうとしないことは、つまりは住民を知ろうとしていないということなのだから。距離を感じているかもしれないが、裏を返せば、あなたたち行政職員は実は議員にもっとも近い有権者なのである。
そして、議会に限った話ではなく、これまでも何度も述べられてきていることだが、一人ひとり当事者意識をしっかり持って「公」を担おう。中村議員は、採決をする前日は非常に緊張すると話した。特に年度当初予算を採決するときは、自分が賛成票を投じることで所沢市の予算が動くことを考えると眠れないほどである、と。それくらいの重い責任を議員一人ひとりが担っているのだ。果たして行政職員は、同様の責任感と緊張感を持って日々の業務に当たっているだろうか。他人事にしてはいけない。
私たちはとかく日々のこと、目の前のことに流されがちである。しかし「公」を担う立場にある以上は、物ごとの本質を見ることを常に意識し、長期的な視点で考えるようにしなければならない。現在の中学3年生が勉強する公民の教科書には、二元代表制がしっかりと説明され、行政、議会、住民の役割がそれぞれ明記されている。いずれ彼らが大人になったときに、地方自治はどうなっているだろうか。住民自治を根本から理解している住民に対して、皆さんは自治のプロとして対応することができるだろうか。自治とは何か、分権とはどういうことか。改めてしっかりと確認して、自身の立ち位置を認識して、自身の役割を自覚して、日々の業務に当たって欲しい。自分たちのまちは自分たちで良くするという気概を求めたい。

研修生の声

「第1回目の福嶋先生の講義が実感を伴ってようやく理解できた気がする」と言う意見が聞かれる一方、「理解できなかった」、「話についていけなかった」と言う声が多く聞かれた。「自分に置き換えたとき、具体的なイメージを持てず、腹に落ちていないように感じている」と言う意見が正直なところだろう。それくらい、自身の役割を意識せず、無自覚に日々の業務に当たっている行政職員が多いのが現実である。

一方で、全国の議会では改革が進み、「議会は確実に変わり始めている」と中尾氏は言う。
そして住民もまた、変わり始めている。中尾氏の提示した中学3年生が勉強する公民の教科書に、次の記載がある。

 「今わたしたちに何ができるのか、そして遠くない将来に大人となって何をなすべきなのか、一人ひとりが主体的にものごとを考え、行動することがますます大切になっています。」

 行政職員はこの現実に危機感を持って、再度、自身の立ち位地を正しく理解し、自身の役割を果たしていく必要がある。