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自治をつくる

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講師:福嶋浩彦(東京財団上席研究員、中央学院大学教授、前消費者庁長官、元我孫子市長)
講義日:2013年5月18日(土)
文責:秋田県横手市 佐藤 良人(2013年度参加者)

本講義の目的

2000年に施行された地方分権一括法により、国と地方の関係は制度上、基本的に対等になった。しかし、10年以上経っても、国と地方が上下関係であるような意識や慣習が、双方に存在している。 とくに、多くの自治体は依然として、「国の指示どおりに」、「前例に従って」、「他市と歩調をそろえて」という思考パターンで行動しているように見える。 都合が良いときだけ「地方分権」を謳うけれど、単に、国からお金をもらいたいという中身になってしまっていないだろうか? 本当に自分の責任で決めたいと思っているだろうか? 「自治」の大原則、それは住民による自治である。首長や議会の権限が大きくなるだけでは、自治は実現できない。この大原則を、自治体(行政)自体が理解していないことが往々にしてある。しかし、人口減少時代において質の高い地域経営をしていくためには、この住民自治が本当に必要になってくるだろう。 千葉県我孫子市長を3期12年務め、一貫して住民自治を理念とした自治体改革に取り組んだ福嶋浩彦氏を講師に迎え、住民による自治を真に実現させるために何が必要か、改めて考える機会としたい。

 

講義内容

●エリートの分析でなく人々の「想い」から出発する

私は我孫子市長、消費者庁長官をやってきたが、感想として、自治体からやるしかないという気持ちと、だけど自治体はまだまだだめだなという気持ちの両方がある。 自治体において最近は高学歴の職員も増えてはいるが、この様な職員は、地域を客観的構造的に分析し、その結果をもって、だからこの方向に向かっていかなければならないという発想になりがちである。しかし、まちづくりは一部のエリートが分析して正解を見つけてやるようなものではない。まちづくりとは、そこに住む住民一人一人の想いから出発するものなのである。その想いを実現する為に科学的、客観的分析を始め、そこに住む人との話し合いを行いながら合意を作っていくというのがまちづくりの基本である。まちづくりには正解はない。また、外にある正解ではなく、地域のあらゆる人の想いから対話をし、合意をつくっていくことにより正解を作り出す事が大事なのである。 ここをまずはきっちりしておきたい。

●人口減少社会 ―地域の質を高め、うまく小さくする。

私達が直面する問題として、日本全体の人口減少が大きな要素としてある。 しかし、今までの様に右肩上がりの発想で、いかに減少を食い止めるかという事をやる自治体はダメになる。これからは、人口が減る事を前提として、いかに質を高め、魅力ある地域にするかを考えていくことが必要となる。それができれば、人口減少を最小限に食い止める事ができるはずである。もちろん、医療介護等の成長分野をいかに作っていくかということも重要とはなるが。 インフラの老朽化が問題となってきているが、民生費からまたハコ物へ予算を移すのは無理であり、公共施設をいかに減らすかという事が課題になってくる。 千葉県の習志野市では公共施設再生計画の基本方針を作成し、施設を多機能化し、質を高めて数を減らすという計画を立てている。この時、お金がないから公共事業を減らすという考えをしがちではあるが、この様な考えをしてはいけない。質を高める為に公共事業を減らす、数を減らした方がみんなが幸せになるんだ、こっちがいいんだと言えるようにしなければならない。 分権を考える時もそうである。地域が幸せになる為に、地域が自分達でやりたいと言わなければいけないものなのである。国が言うから分権を進めるのか?そうではない、私達が私達の責任でやりたいんだ、とならなければ自治は進まない。また、計画にこうあるからと国の役人等はまるで他人事のようにいうが、本来は計画にあっても、やる必要がなければやらなくてよいものなのである。逆になっている。 また、質を高める際、地域の実情はそれぞれ異なるので、国の戦略に合わないものも出てくる。このような地域は自分たちで考えて実行していかないと、質を高めうまく小さくしていくことができない。そういう意味でも自治と分権が必要になるのはまさに今なのである。自治と分権をきちんとやれた所がいい地域になる。 どうやって地域の質を高めるかとなった時、みんなで議論を行い方向性を見つけていかなければならない。景気の良い、拡大の時代はAとBというものがあれば、今年Aをやり来年Bをやるという議論だった。この時は、市民の立場からすればちょっと我慢すれば実現するという世界だった。 しかし、うまく小さくしていくという事になると、どちらかを諦めるかの議論になる。今年Aを入れたら来年Bを諦めるという事になる。また、そういう議論をしていかなければならない時にきている。 この様な議論になる時、首長や議会だけに任せるのではなく、住民を入れないといい地域づくりの議論にはならないと思う。質を高め小さくするという事は新しく創造する事である。その際、限られた予算で良い所を伸ばして行く為にも既得権を切っていかなければならないが、多くの人にオープンにして進める事により、良いものになるのである。既得権をなくさなければ良い活動は伸びない。また、補助金がないと活動が継続できないという人もいるが、良い活動は市が邪魔をしても良くなるのである。 1999年我孫子市の市長時代、補助金を一旦全部廃止して2000年に新しい補助団体を公募して、補助金を出すこととした。これにより既得権はなくなり、新しい補助団体がたくさん生まれた。以降、最長3年ごとに全てを廃止しながら新しい所に配分することとしている。 この時、予算案の編成過程の情報を公開する事により、一部の声の高い団体の要請も排除することができる。編成過程においては、その都度パブリックコメントをもらいながら編成する事により、市民は自分の意見が、他の意見と比較してどの様に優先順位がつけられるかを見る事ができる。市民は自分の要望から出発し、まちづくり全体を考える事へとステップアップし、みんなで決めていく体制ができるのである。質を高め小さくしていくという選択をしていく時にはみんなの合意が必要となる。みんなで自治を進めるという分権が必要になるのである。

●問われる自治の精神―自治体は自治を求めているか

私の友人の片山氏(元総務大臣、元鳥取県知事)は、「分権は遅々として進んでいる」と言っていた。分権が進まない最大の原因は自治体が分権を嫌がっているからという事も背景としてある。 私も消費者庁長官時代、ヒモ付き補助金の廃止について話した事があるが、それは困るという自治体の声が多かった。ヒモがなくなると、我が自治体では消費者行政にお金がつかない、ちゃんとヒモをつけてくれという自治体が多かった。しかし、全部のヒモを切ろうとした時、補助金の使い道を地域の住民の必要性で決められるようになるならば、それは最大のチャンスと考えるべきではないか。消費者庁長官は、分権と言って地方を突き放すという事を言われた事もあるが、分権ほど地方を尊重する言葉はないと思っている。本来であれば、この事業は私達の自治体に必要なんだ、だから予算をつけて欲しいんだという様にしなければならないのだが、自分達で決めたくないという首長や議会がまだまだ多い。これは、ヒモがないと首長や議会に説明の義務が生じるからだと考えられる。 分権とは、私に責任を取らせろという事でもある。地方分権一括法により、国からの通達は2000年で0になった。以降は、通知という形になり、自治解釈権により、法律をどう解釈していくかは自治体で決められる権限となっている。法律を、どううまく解釈し、自分の自治体の市民の幸せにつなげていくかについては、自治体の腕の見せ所なのである。法律係争委員会というのも設置されており、いざとなれば国と解釈について争う事もできる。

●<市民が決める>自治の土台

地方自治はいざとなったら直接住民が決められる仕組みである。国政においては間接民主制で、選挙によって代表者が決まり、政府の決定は代表者に委ねられ、世論で反応する民主主義の仕組みができている。自治体はいざとなったら直接住民が決めることができる。直接民主制の土台の上に間接民主制がある。国民は首長を直接選べないが、自治体はできる国民は国会を解散させることはできないが、市民は市議会を解散させる事ができる。また、自治体は1/50の連署で条例案を直接提案でき(我孫子市には条例がある)、監査も自治体であれば住民1人から監査請求する事ができるが、国にはできない。 自治体というものは、権力行使も市民が直接やることができる。首長や議会は常に住民の事を考えてやらないといけない。常に市民の意思に基づいてやることが求められるのである。住民投票により、市民がいざとなったら決めるという制度である。

●市民の自治力が高まる事が大切

市民の自治の力をどうつくるかとなった時、市民が意見衝突を避け、役所にそれぞれ言い、調整してもらうという方法はダメである。その方法では、どうやっても陳情政治になってしまうからである。そうではなくて、市民自身が、自分達で対話をして、合意をつくりだしてこそ、首長を動かし、議会を動かし、行政を動かすのである。この様なことがあって初めて主権者として行政を動かすことになるのだと思う。その力をどうつけていくかということはとても大事なテーマだと思う。