2016年度のプログラムが終了しました(更新日:2016年12月21日)

自治をつくる

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講師:福嶋浩彦(東京財団上席研究員、中央学院大学教授、 元我孫子市長、元消費者庁長官)
講義日:2015年5月16日(土) 11:00-12:30、13:30-14:30
文責:富山県氷見市 五十嵐 裕之(2015年度参加者)

◆講義のねらい

福嶋先生

2000年に施行された地方分権一括法により、国と地方の関係は制度上、基本的に対等になった。しかし、10年以上経っても、国と地方が上下関係であるような意識や慣習が、双方に存在している。 特に多くの自治体は依然として、「国の指示どおりに」、「前例に従って」、「他市と歩調をそろえて」という思考パターンで行動しているように見える。都合が良いときだけ「地方分権」を謳うけれど、単に、国からお金をもらいたいという中身になってしまっていないだろうか? 本当に自分の責任で決めたいと思っているだろうか? こうした観点から、現在取り組んでいる「地方創生」も考える必要がある。 人口減少時代において質の高い地域経営をしていくためには、自治と分権が本当に必要になってくる。「自治」の大原則、それは住民による自治である。首長や議会の権限が大きくなるだけでは、自治は実現できない。この大原則を、自治体職員はしっかりと心に刻む必要がある。 千葉県我孫子市長を3期12年務め、一貫して住民自治を理念とした自治体改革に取り組んだ福嶋浩彦氏を講師に迎え、住民による自治を真に実現させるために何が必要か、改めて考える機会としたい。

◆講義内容

Ⅰ 国と地方の関係について

今年度、内閣府の通知により、すべての自治体に「まち・ひと・しごと創生総合戦略」の策定が求められている。評価に値する戦略でないと交付金がでない、つまり、「やる気」がある自治体にしか交付金は出さないと国が発言している。  ここで一つ事例がある。規模も大きくないある町が、町全体を図書館にするという「まちぐるみ図書館」の構想を打ち出した。これは、町の中の空いているスペースや有効活用できるスペースを図書スペースとみたてている。中には、町に貢献したいという企業が所有している建物の一部をも図書館に利用していただこうとしてスペースを提供したところもあり「場所」の確保はできた。運営スタッフに関しても、住民にボランティアを募ったところ、多数集まり、「人」も確保ができた。あとは「物」である「本」の充実である。「本」の充実に際し、図書購入費として、国の交付金を活用しようとしたところ、国の反応は「物品購入にのみ交付金を活用することは、創意工夫がないため、交付金には該当しない」との見解であった。「場所」も「人」も町自ら考え、あとは「物」の購入のみの末の結論が「該当せず」という評価であった。ここで、評価基準をふりかえると、「場所を借りる賃貸料や、人を確保する人件費、そして、物を購入する備品購入費を合わせた申請であれば交付金に該当する」とのことである。ただし、今回の事例では国も正しいとは思わなかった。どこが誤っているのか? 国がどの自治体が評価に値するかという「評価する側」の仕組みに問題がある。同じ環境は一つもない自治体に対し、良い事業・悪い事業と評価できるのはその自治体に住んでいる住民である。  このような事例があるのにも関わらず、今度は地方創生と称して、自治体が戦略を作成し、国が評価するということが行われる。この仕組みが間違っていると思う自治体はぜひ声をあげることを望んでいる。

Ⅱ 「自治」の大原則

20150516

国の政策は、日本と外国の関係である「外交政策」や日本経済をどのような方向へ導くかといった「経済政策」などを指し、日本全体を考える思想である。この政策を作るのは選挙で選出された国会議員や官僚、専門家であり、国民一人ひとりの個人の考えや想いは入らない。これに対して、地方の「自治」は住民一人ひとりの「このように生きていきたい」や「このようなことがほしい」という想いから出発しなければならない。「国(の方向性)があって、地方(の方向性)がある」のか、「地方の一人ひとりの想いから出発した自治」がベースにあって、その先に「国」があるのか。捉えようにより、様々な考え方ができるが、私は、後者であったほうが、幸せを感じることができる。国の方向性や政策をその自治体に沿うようにアレンジするだけの自治体であれば、私はそのような自治体はいらないと思う。アレンジだけなら、国の出先機関や地方支分部局で補えるからである。現在、国からの「通達」は廃止され、強制力が伴わない技術的な助言等に留まる「通知」に取って代わっている。また法的解釈に関しても、たとえ基礎自治体が国に問い合わせても、その基礎自治体で発生している事象(問題)のために、法律がどのように判断できるかから出発しているので、解釈は基礎自治体に任せるといったことがある。ただ、2000年の地方分権一括法により、法律の解釈権は自治体にも移った。法律をつくる立法権は国にしかなく、国のほうが上位にあるが、法律の解釈権に関しては国と基礎自治体は同等の立場にあり、解釈による最終責任は基礎自治体に拠ることになった。地方分権の名の下、法律を自分の自治体に合うように、住民の想いを実現できるように解釈できるにも関わらず、本来「自治」をしなければならない基礎自治体こそが、「自治」を嫌っているのではないか? 消費者庁長官時代、使い道が限定されている補助金の廃止について話したことがあるが、それには否定するという自治体が多かった。使い道の限定がなくなると、我が自治体では消費者行政にお金がつかなくなるので、道筋を示してほしいという自治体が多かった。しかし、この考えは「自治」において逆ではないのか? 補助金の要否を地域の住民の必要性に基づいてもよいのではないのか。「分権」は「切り捨て」でなく、地方自治体の「自治」への「尊重」である。

Ⅲ 人口減少社会にどう向き合うか

ikarashijpg人口の減少はもはや止めることはできない。たとえ、人口増加の政策を打ち出して、コンマいくつ上昇したとしても、人口の減少はくい止めることはできないだろう。  ここで、国や地方、または世間では、人口が減って大変なことになるという大合唱をしているが、「なぜ」大変なのか? このままだと日本に「何」が起きるのかを議論していないように思える。  人口減少問題は、限界集落のみの問題だけでなく、すべての自治体が直面する問題であることを忘れてはならない。一方で、人口が減ることで税収が減ることに関しては、その分人口も減るので支出を抑えることができる。経済が成長しないという意見もあるが、モノがあふれていて、人口が減少している昨今、今よりも経済の成長を果たして望んでいるのか、また成長できたとして私たちの幸せに繋がるかは疑問である。  人口減少を危惧している方々の大半は、「今まで通りの仕組み」で「今まで通りの行動」を維持しようとする考えを持っているように思える。ただし、人口減少はとめられない事実であることから、人口減少社会においても、「私たちが幸せになる仕組み」に変え、「私たちが幸せになる行動」に変えないといくことが問われている。  「拡大」していくためには、国の政策や成長戦略に沿った方がたやすい。特に大型公共施設を増やすためには国の補助金を利用したほうが有効である。ただ、人口減少のなかで「仕組み」を変えるためには、「小さくてうまくする」か「うまく小さくする」ことが必要であり、その時に「自治」が必要となってくる。国に頼らず、自分たちで考え行動し、責任をとることがこれからの時代に求められている。ただし、このような「自治」をする覚悟をもった自治体は今現在でも少ないと思う。

Ⅳ人口減少社会における公共施設

人口減少社会において、どの自治体も現在存在しているすべての公共施設を維持できない。これは今すぐにでも住民に説明すべきであって、何が必要で何が不要であるか問わなければならない。また、新設するにしても、徹底的なコストダウンと施設の複合化による機能の維持は必ず求められる。この場合においても、今後何が必要で何が不要なのかを国の方針や行政が考えるのではなく、住民自らが考え答えを出し、責任も共にとっていくことが必要である。同時に、住民の自治が実現できるように、行政は公共施設の利用者だけの議論だけでなく、施設をあまり利用しない住民(=納税者)も議論に参加できるような仕組みづくりが必要である。